マドレーヌ14歳、夏。~恋する乙女達〜
「”ねえ?“」
「”何かな、マドレーヌ?”」
「”ロクマは、恋をしたことがありますの?“」
「?!!――――“うわっ!!!”」
遅い夏季休暇を楽しんでいた西の民ロクマは、ティーカップを取り落としかけて慌てて空中でキャッチした。
「ねえ、ケルノンさん」
「如何されました?お嬢様」
「ケルノンさんは、恋ってしたことある?」
「?!!――――熱っ!!!」
お代わりのお茶を用意していた従者ケルノンは、ティーポットからどばっとお湯を溢れさせた。
「じゃあバンタルは?」
「ぶっふぉぁ!――うあっ熱っちぃ!!」
王立学院の入学に際しての心得や授業に必要な物を訊きたいと遊びに来たバンタル・グルンは、熱々のお茶を盛大に噴き出した。
無自覚ながら自身に恋する相手だけ的確に選抜して精神蹂躙をするマドレーヌに、元凶であるフルンは少しだけ反省した。
*****
「ほほほ。あの騒ぎは、そうした理由からでしたのね」
不定期に催される女子会で、赤ワインを傾けながらマリー夫人は朗らかに笑う。
「ついこの前まで机を並べてた皆にはもう将来の夫がいるんだって思うと、取り残された感がすごくって。でもそうだよね、こういうのは同性同士で話すものだもんね。反省してます」
仲良しの学友の縁談が陰で進んでいた事にちょっぴり拗ねていると、フルンからもう一度手紙を見直すように勧められた。そうして判明したのだが、“将来”とか“これからは近くなります”とか、そうした文言は暗に婚約が決まったことを示しているという。明言しないのが貴族の嗜みであり気遣いでもあるのだとか。つまり付け焼き刃のニワカ令嬢は無知ゆえに知らなかっただけで、ちゃんと婚約したことを手紙で教えてくれていたのだ。
そんなこんなで仲間はずれ疑惑は解消したものの、やっぱり学友達は現在進行形で大人の階段を上っていることには違いない。モヤっとした思いを抱えて身近な人々に尋ねてみたところ、談話室が大惨事になってしまった。
「マディとこんな話をする日が来るとは、時の流れるのは早いな〜」
「父さんと母さんの結婚式を見たからってのもあるのかも。結婚式を見るのも初めてだったから」
「そういえばそうか。みんな、夫婦や家族で移住してくるから」
治療のためとはいえ連れて来た人間がスヴァーヴァに惚れた一件でヘルギから盛大な八つ当たりをされたダルドワーズは、家族には内緒で、村に移住を勧める人間を既婚者に限定している。
「母さんは、結婚した理由は父さんの粘り勝ちだよね。どう考えても」
「まあ、ずっと弟みたいに思ってたからなあ」
ひとりっ子だし、護衛役の公爵家の兄妹は皆年上だし、ダルドワーズはまだ小さくてマリー夫婦が主に世話をしているしで、川から拾った年下の少年を全力で構っているうちに真っ当な人間関係を構築してこなかったヘルギが犬みたいに懐いて全力で構って欲しがるようになり。それが面白くてまた構って、褒めて、をしてくれるスヴァーヴァにヘルギが惚れるのは早かった。
「懐かしい日々ですわねえ。あの頃、どれほど排除を試みたことか」
が。イマイチ世俗にも自身の感情にも疎い姫君とお坊ちゃんな2人は、そこからが長かった。周囲がどう見たって相思相愛なのだけれど、いつまで経っても姉と弟のスタンスを超えず、それでいて無自覚に公然とイチャイチャするものだから、マリー夫人としてはまったく面白くない。
それでもヘルギの方がようやっと恋心らしきものを自覚し、「ぼく、スヴァさんとずっと一緒にいたい」と言い続けて「ヘルギはわたしの弟だから当たり前」と素で躱されること幾歳月。それが「夫婦として」受け入れてくれた約16年前、ぶっちゃけ本人たちより周囲の喜びと安堵が大きかった。恋愛初心者同士の焦ったさはごく短期間なら微笑ましいが、10年弱も側で否応なく見せられ続ければ腹も立ってくるものだ。
「マリーもヘルギを気に入ってたのに」
「観賞するなら一級品ですもの。頑丈なガラスケースに入れておくべきでしたわね」
悪びれもせずしれっと答え、マリー夫人はスヴァーヴァのグラスにワインをなみなみ注いだ。テーブルの上には空瓶が2本と料理長ソーヤ特製の肉だらけプレートが乗っている。
「スヴァさん、ワインが随分すすんでいるようだけれど大丈夫?」
その一級品の鑑賞物とほぼ同じ顔のフルンはマリー夫人から是非にと誘われた女子会で、隣に座るマドレーヌに小声で問い掛けた。
「あ、はい。今日は父さんが傍に居ないので、いつもの神様は降りて来ません」
「?」
「母さんと一番相性が良い女神様、母さんの守護神って呼んでるんですけど、父さんが好みのタイプどストレートみたいで、父さんに会いたくて降りて来るんです。他の神様も冬至や夏至はともかく普段の日は守護神に遠慮してるみたいなので、父さんがいないと大丈夫です」
「……」
「父さんも、翌日ほぼ丸一日、二日酔いの母さんを合法的になんk…大切に看病出来るので、偶になら良いよって」
要はこの女子会は、神に邪魔されず思う存分飲んだくれたいスヴァーヴァと、スヴァーヴァを独り占めしたいマリー夫人と、妻を軟禁したいヘルギの利害が一致した結果の催しだ。割を食っているのはヘルギの相手をさせられているポルミエ男爵だが、こちらも翌日の妻の笑顔見たさに引き受けている。やっぱり会いに行こう!というヘルギを宥めすかしながら。
「男爵は、何処までも情け深い方だね」
「そりゃあ!マリーだけを愛する強い心の持ち主だって、最初から判って、わたしが結婚を勧めたもの!」
「お養母様は良かったの?お養父様、とっても優しいし愛情深いし面倒見が良いから頼り甲斐があるしお体だって大きくて格好良いけど、お顔立ちはお養母様のタイプじゃないでしょう?」
「出た。マディのベタ褒め」
「スヴァーヴァ様が選んでくださったお相手ですもの。それに、わたくしを守ってくれると誓った騎士様に、恋をしない理由などありませんわ」
見た目だけは可憐だが中身はガサツなスヴァーヴァと違い、マリー夫人は生粋のロマンチスト。けれど長身とキリリと引き締まった顔立ちと軍人という職種から“強い女”と思われてきたし、本人もそれを誇りとしていた。
が、年頃を迎えて縁談もちらほら持ち上がったあたりでスヴァーヴァが「マリアの相手は、マリアだけを心底愛してくれる人じゃなきゃヤダ」「わたしのマリアを相手はわたしが決める!」と言い出し、降神という反則技を駆使して見出されたのが、まだ一介の商人に過ぎなかったポルミエだ。
「恋かぁ」
「いいものだぞ?」
「ええ」
「うん。村のみんなを見てると、心からそう思うよ」




