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フュルギエ50歳、夏。〜止まない雨〜

「雨の後に美しい虹が現れるように。心を覆う悲しみ苦しみの涙が癒えた後に幸いが訪れんことを祈りましょう」


 礼拝の終わりに司祭が告げる新たな言葉も板につき、その後に振る舞われる温かな薬草茶によって集まった信徒の不安の表情が柔らかくなるのも馴染みの光景となった。


 大量にお茶を沸かし振る舞いの準備を整えるのはこの長雨で営業が困難になった露天商が持ち回りで行っている。彼らは奉仕と祈りを終えた後、教会の一角で自慢の商品を並べて商売をするのだ。決して安くはない場所代を支払っているのにも関わらず長らく営業が出来ないとなれば、困窮の末に悪しき考えを持つに至る可能性は高い。その前に手を差し伸べる方が、長い目でみれば利がある。


「大司教様、次回の炊き出しですが」


「ええ、予定通り例の地区で行いましょう。私も参ります」


「ですが、あの地区は…」


 より深刻なのは日雇い労働で糊口を凌ぐ者達で、収入の途が完全に絶えたことで飢えと寒さに苦しんでいる。そうした人々に向けて炊き出しを行なっているのだが、司祭が難色を示しているのは次回行う予定の地区が王都で最も治安の悪い地区だからだ。家を持たぬ者が寄り集まって、時に犯罪に手を染めながらも何とか生きている、富み栄え華やかなりし王都の暗部、貧民街。


「心配要りません。我らが友が、手伝ってくれます」


「ですが…来るでしょうか?」


「ええ。きっと」


 数度めかの炊き出しの準備をしていた日、コメルシー村の住人で現役軍人達が私を見つけて声を掛けて来た。彼らは「ヘルギさんに似てるけど似てない像があると聞いて」中央教会へ見学に来たらしく、物のついでと言って力仕事を率先して請け負い、更に貧民街への炊き出しの際には手伝うと誓ってくれた。

 貴重な休日を潰して奉仕する理由はただ「ヘルギさんのたった1人の友達だから」「怪我でもされると後が怖い」。そう言われては他人任せでぬくぬくとしては居れない。それに…。


「雑用夫か何かと思われていそうですから、少しは敬われているところを見せなければ」


「?すみません、何か仰いましたか?」


「いいえ」


 人生の半分以上を神の徒として教会で過ごして来たのだから、ちょっとくらい有り難がってくれても罰は当たらないだろう。なんて、年甲斐もなく思ったりもする訳で。


「どうぞ、温かなお茶をお飲みになりませんか?」


 修道女が声をかけているのは礼拝が終わったのを見計らい入って来た、黒服を纏った夫人。落馬して首の骨を折る不幸な事故によって子息を亡くしたと、聞いた。

 茶を啜り嗚咽する彼女以外にも、最近子息を亡くした母や夫妻がこっそりと祈りにやって来る。誤って殺鼠剤を口にして、階段から落ちて、理由は様々だけれど、子息は皆、社交界デビューを来年に控えた若者だ。あたら命を散らさずとも神の道に進ませるなり方法はあったろうにと思う反面、家と問題の子息以外の子を守るには、彼らの家格では難しかっただろうことも識っている。



 ”傾国の悪女“の噂は下火になり、其処ここで始末がついた。けれど雨はまだ、止まない。



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