マドレーヌ14歳、夏。~食通への道〜
「公爵家が?!野菜料理を???」
素っ頓狂な声を上げたのは、顔どころか首まで茹蛸みたいに真っ赤になったダコワーズだった。ワインを立て続けに3杯飲んで酔ったのか、既に目まで赤くなっている。
「あらあら。ダクス、薬草水もちゃんと飲んで?」
「そんな悠長な事を言ってる場合じゃないの!姉さん!!」
「うふふ。ダクスはお酒飲むとこんな感じになるのね〜」
「このタイプの酔い方は居なかったから、目新しくて良いな〜」
「姉さん!母さん!!」
「「はいッ!」」
ダコワーズは酔うといたく強気になり、かつ、饒舌になるらしい。普段は出自や村に辿り着いた経緯に関わる事柄には頑なに口を閉ざすのに、酔っ払って曰く。
王家や公爵家を始めとした由緒ある家では「野菜は下民の食するもの」であり、花や実を鑑賞する事はあっても「食用なんてとんでもない!」らしい。
「あれ?でも妹さんは野菜スープを食べてたみたいだけど」
「完全に女主人の嫌がらせよ!自分と血の繋がってない娘が自分より高位になるのが気に入らないって、きっとそういう事でしょうよ!」
キエフルシ公爵家の事情なんて下の妹弟達には全く教えていない。にも関わらず、相手をよく知っているかの如きこの発言。
それまでもなんとなく感じていた、「ダコワーズは貴族か平民でも上流階級の生まれだろうな」という印象が確信に変わったところで、ぷりぷり憤慨する年上の妹の口に火鉢の上で作った即席のチーズトーストを突っ込む。酔った時の言動をすっかり忘れる性質の持ち主なら問題ないが酔っても記憶が残っているタイプならば、これ以上話し過ぎると明日にも深い後悔の沼にどっぷり嵌りかねない。
「じゃあ、父さんも昔は野菜を食べなかったの?」
「新薬の試作の時には薬草を少し齧って、不良品じゃないかを確認していたよ」
それは食事でも試食でもなく、成分分析の類である。
「ええと、普段の食事は…、例を挙げるとどういうものを食べていたの?」
「正餐以外はホワイトマッシュルームとトリュフのスープ、パン一切れ、温室産の生フルーツと決まっていたかな」
「お肉とか卵とかは?」
「無かったねえ」
スープを野菜スープに変えれば聞き覚えのある献立で、量も内容も、とてもじゃないが成長期の少年少女に与える食事とは思えない。それでも食材自体は高級なものだし、特に温室産のフルーツを毎日食べさせるなんて幾ら掛かることか。その裏には何らかの、どうせしょうもない理由だろうけれど1人の人間の生涯を左右する重大な結果を招きかねない、意図を感じる。
「ああでもその代わり、フューが塩バターを絡めたナッツやチーズ、キャラメル、偶にひと口サイズのケーキやパイなんかを持って口の中に放り込みに来てた」
余りに酷い食事内容に見兼ねた父親か異父兄本人が用意したのだろうけれど、ただその辺に置いておいても実験に夢中だと放っといて食べやしない人間だ。手を動かしている最中に口だけ開かせて食べさせるのが一番手っ取り早い。給仕役ならぬ給餌役である。
「塩バターのナッツって、甘くて塩気が効いててカリカリしてるおいしいやつ?」
「そうだけど。ねえマディ?知らない人から食べ物を貰っちゃダメだよ?」
「…知らない人じゃないもん」
「貰ったのは認めるのか」
ヘルギの咎める声に続いてダルドワーズの呆れ声。けれど相手は教会に所属する聖職者で、事あるごとに気にかけてくれたいい人で、何度か会話もしたことのある人物だ。不審者ではない。それに、あのナッツは塩加減も食感も絶妙でおいしかった。もしや本人の手作りだったのだろうか。
「フューの。そんなにおいしいのか?」
「うん。食感はカリカリとサクッサクッの中間くらいでね、バターの滑らかで濃厚なコクと、ブラウンシュガーかな、風味豊かで深みのある甘さの中に塩気がアクセントになってて食べ飽きないの」
「…どんだけ餌付けされたんだ」
教会に通う間、およそ3回に1回は直接貰っていたし、そうでない時も修道女を介してこっそり分けてくれた。思い返せば、さぞかしお腹を空かせた子だと思われていたに違いない。大司教なんて身分の高さからは考えられないほどに面倒見の良い人だから。
「ちなみに父さんの一番の好物って何?」
「マディの作品すべて」
「………」
「この優男、味覚は確かでも味の良し悪しなんて解らないのだから放っておきなさい?」
間髪入れない返答と養母の言葉が何一つ間違っていないことは、長年の付き合いでよく知っている。ヘルギの舌は文字通り味覚センサーで、その感度は精密機械にも劣らない。しかも記憶力がいいので過去に味わった全てを記憶しており、例えばワインなんかでも今年の出来栄えは昨年に比べてどうか、などと比較するのも容易だ。
ただし、おいしいか・マズいかの判断は別で、大抵の場合、珍しい食物を好んで、より正確に言えば、珍しい食物の味をデータベースに登録することを好んで、食べる。だからマドレーヌが前世の記憶を引っ張り出して作る料理は、“愛娘の手料理”という理由もあるけれど、その物珍しさからもお気に入りではある。
「やっぱり我が家で一番の食通は、お養父様なのよねぇ」
「ポルミエの選ぶお土産は間違いないもんなぁ」
母娘のしみじみ実感の籠った飾り気のない賞賛に、養父は照れ隠しのようにワインを口に含む。
貧しい家で生まれ育ち、幼くして商家の下働きに出されたポルミエ・コメルシー男爵の信念は「男たるもの、妻や子らにひもじい思いはさせてはならない」だ。2家族とも充分に食べさせて貰っているけれど、それでも何処かに買い付けに行くと珍しい食べ物を買って帰って来てくれるし、王都でも賑やかなお祭りに参加できない養娘のためにその期間限定の名物菓子だのを幾つも買い揃えてくれた。
「ショクツウ?美食家とは、違うのかな?」
「食に通じる人、で食通です。高級なものでも安価なものでも何でもおいしく食べて、食べるのが大好きな人」
『食通というのは、大食いの事をいうのだと聞いている。』
前世で有名だった大食漢の文人が著した、短編の一節を思い出す。
『安くておいしいものを、たくさん食べられたら、これに越した事はないじゃないか。』
すべての美食家がそうだとは言わないが、一部には有名店ばかり褒めちぎり後ろ盾のない店をこき下ろす輩や金を積まれて不当に高い評価を下す輩も居ると学院で聞いた。更には評判の良い店を追い落とす為に美食家に金を払って悪評を流させる店主も居るという。それは、きっと、食通ではない。
「食通か!かっけー!」
「わたし達も食通になるー!」
皿に残した野菜を勢いよく頬張る双子が、真の食通になる日はそう遠くはなさそうだ。




