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マドレーヌ14歳、夏。~出立式〜

「ほわぁぁ〜」


 コメルシー家の食堂に間の抜けた感嘆の声が響いた、雨の夜。休暇が終わり王都に向かうダルドワーズの出立式、という名目で、家族だけの飲み会が催されている真っ最中だ。


「気に入った?これは羊のミルクで作ったブルーチーズでね、”羊飼いが洞窟に置き忘れてできた”といわれているんだ。こっちのトロリとしたものは山羊ミルクのチーズだよ」


 美食家(グルマン)と呼ばれる人々が主催したり出席する会では王国中から珍しい食材を取り寄せることが多い。食にさほど興味はなかったものの義理やしがらみで出席してきたお陰で国内のありとあらゆる名物や珍味を知っていたフルンは王都で雑事を片付けがてら出立式の為に珍しいチーズを買ってきており、ブルーチーズの王様ロックフォールや山羊乳(シェーヴル)チーズの代表格クロタンチーズ等々、前世に専門店で賞味したり叶わなかったりした高級チーズそっくりなそれらが今、テーブルにずらりと並んでいる。これが天国か。おお神よ、願わくば酒もくれ。贅沢は言わん、言わんがウイスキーの、できればスコッチがいいな。


「ぅうわー」

「変な味〜」


「この前遊びに行ったでしょう?そうそう蔦の家のあるところ。そこの牧場にいたモコモコの動物が羊よ。羊のお母さんから分けて貰ったミルクで作ったんだって」


 まだ幼い双子には癖のある羊や山羊のチーズは早かったとみえ、口を横一文字に「いーっ」とやって果実水をがぶがぶ飲んでいる。


「羊のは、はちみつをかけたりドライベリーと交互に食ってみ。これは蕩けさせてパンに乗せて食ったら旨かった」


 兄達は昨夜、軽く飲んだ際に摘んだらしく、ダルドワーズはそれぞれのチーズにあう組み合わせを薦める。なんやかんやで食い意地の張った双子は怖々試し、はちみつをかけるのが気に入ったらしい。

 方や、ダコワーズは火鉢に渡した焼き網の上で山羊チーズを炙ってパンに乗せて頬張った。それとなくワインを勧めれば初めこそ遠慮がちにしていたものの、ゴクゴク喉を鳴らして旨そうに飲むものだからスヴァーヴァが面白がって次々と注いでいる。まあ、こちらの妹は恐らくマドレーヌよりも幾らか年上で、王国の成人年齢に達しているから問題はあるまい。


「このチーズには甘い白ワインを、こっちは酸味のある白に。この軽く熟成してあるチーズはロゼかな。こちらには上品な赤ワインを。それぞれ銘柄は…」


 妻と娘の毒見役兼専属ソムリエのヘルギは、チーズをひと口ずつ齧ると脳内でチャート化してあるワインの風味と照らし合わせて相性の良いだろうワインを指示して持って来させた。データ偏重型で作り手の想いだのブランド産地だのに一切の興味を持たないヘルギだけあって、提案するマリアージュの的確さには定評がある。


「ガレットもデロワも、お皿に野菜だけばっちり残ってるよ?」


「いらなーい」

「野菜きらーい」


「何でだ?野菜は旨いだろ」


「ダル義兄さまはお野菜もお肉もお魚だって好き嫌いなしに満遍なく、いっぱい食べるもんね。すっかり食べてくれるから作り甲斐があるし、何かお願いされたら優先的に作りたくなるよ」


 ダルドワーズはその大きな身体つきと軍人という職業ゆえか誤解されやすいが、大の野菜好き。中でもトマトが一番のお気に入りなので、ついつい色んな料理や加工品にトマトを使ってしまう。もう癖みたいなものだ。


「みんな、食べるのが大好きだね」


「はい!食べものがおいしいのは健康の証拠です!」


 他意なしに“健康”の単語を出した途端、大人たちの空気がピリッとひりついた。過保護、ここに極まれり。


「それに、おいしいものは人を笑顔にしますから。おいしいものを食べながら怒る人はいません!」


「まあな。逆に腹が減ってりゃ怒りっぽくなるもんな」


 空腹で血糖値が下がると思考力が落ち、攻撃的になる。睡眠不足になると感情抑制が効かなくなる。肉体的にもメンタル面でも、“よく食べ、よく寝て、よく遊ぶ”は実に理に適った教義だ。

 なお、第三部隊には「飯は食えるときに食え。寝られるときに寝ろ」という鉄の掟が存在するらしい。行軍時には鉄板入りの甲冑や武器など推定重量30kgの装備で、さらに携行糧食などが入った背嚢約20kgを背負って獣道を踏破することも多く、疲れ過ぎて食物を受け付けない新入りには多めにマヨネーズを配給して()()()()のだとか。


「フルンお兄ちゃんは、ごはんおいしいですか?」


「うん。皆で食べる食事は、とてもおいしいよ」


 ひとり暮らしの独身男の典型的な“不健康過ぎる食生活”を送っていたフルンには、いつぞや酒ばかり飲んで殆ど食べずにいたせいで倒れた後、ドライフルーツやナッツ、チーズなどを生地に混ぜ込んだ惣菜ケーキ(ケーク・サレ)と薬草茶を無理くり押し付け、暇があれば摘めと命じた過去がある。

 その後、コメルシー家にすっかり居着いてからは半ば強制的に食事が出されるし忙しいといえばお昼ごはんも持たせられるから、毎食しっかり食事を摂る習慣が生まれたようだ。健康的な食生活を送っているからだろう、以前に比べて血色も良いし表情も明るくなった。


「ふふ、そうみたいですね。今日も残さず食べててえらいです。ご褒美に、ダル義兄さまにはベリーのバターケーキとジャムタルト作っておいたから、明日持っていって道中に食べてね。フルンお兄ちゃんは何か食べたいものありますか?」


「何か食べたいもの…、ええと、困ったな。おいしいものしかご馳走になっていないから、どれか一つなんて選べない…」


 高級料理を食べ慣れて舌が肥えているフルンだが、都会で饗される贅沢なご馳走よりも素朴な家庭料理を好む。多少の手間は掛かるが食材自体は手に入りやすいので作る上での苦労は少ない。


「じゃあ、テーブルいっぱいに並べるのでお気に入りを見つけましょう?」


 おいしいチーズのお礼にしては安いけれど。こういうのは気持ちが大事だ。


「嬉しいな、すごく楽しみ。ナウルやラデュレにも自慢しようっと」


「室長はわかりますけど、キエフルシ公爵?」


「キーバーで作ってくれたでしょう?サンドイッチもだけれど付け合わせの野菜料理をいたく気に入ってね。ナウルがレシピ本を出版する際には一番に購入したいって」


「公爵家が?!野菜料理を???」



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