ダルドワーズ28歳、夏。~俺と妹と弟と〜
「ねえ。小さい時にしたあの約束、覚えてる?」
こてんと首を傾げ、上目遣いで長い睫毛をぱちぱち。傍目から見れば実に愛らしい仕草だが、その言葉と強い眼光が語る心は「わかってるよな」「逃げるなよ」だ。
「ああ。…話は、夕食後にしよう」
ひと月余り続く家族の違和感に、勘の鋭い妹が気づかないはずがない。沈黙を貫いていたのは確信するためで、今日をその日に選んだのは俺の休暇がまもなく終わり、明後日には村を出立するからだろう。
―嘘を吐かれると悲しくなっちゃうから、嘘を言うくらいなら何も言わなくっていいよ?
遠い日に交わした約束に、覚悟を決めた。
*****
「すべてを隠し通すのは、やっぱり無理だったね」
「だがまあ、核心に触れずに済んだ……」
「「よかっ、、た!」」
体から力が抜けて、椅子に全体重を預ける。天を仰いだまま床にずるずる落ちていきそうな俺に対して、フルンの方は肘掛けにくたっと上半身を横たえうつ伏せになっている。なるほど、脱力の仕方にも人柄が出るものだ。
「これでマディも納得ずくで、カミオロシ対策が出来るな」
「今回はマドレーヌの知識の深さが仇というか、事実誤認の元になってくれたね」
「…あれなぁ。最初はどうなる事かと思ったが」
夕食後、ダルドワーズは部屋にマドレーヌとフルンも呼んだ。話の流れによっては全て包み隠さず話すと決めたとはいえ、「大人になる前に死ぬかもしれない」と告げると思えば怖ろしく、また、告げられたマドレーヌが縋る相手が居た方が良いと判断したからだ。
が。
「今のわたしの年齢的に降りると何か不具合?がある可能性が高いから、みんなしてわたしに降りないようにしてる。んだと思ってるんだけど」
「え、あ?その通りだが」
「それは、うん、そうだね」
問い詰められるかと思いきや、先手を打つかの如くさらっと言われて呆気に取られながらも肯首する。
「やっぱり!そうなんだ」
試験の解答が合っていた、ような、きらきら顔で曰く。
思春期になると体の中の成長を促す成分が多くなり、心身共にアンバランスな状態になる。思春期以外にも出産後や閉経後の女性にも起こりやすく、いわゆる「悪魔憑き」等と呼ばれる症状が現れる原因の一つである。つまり。
「この前からずーっと様子がおかしいかったでしょう?特に父さん!わたしが少しでもはしゃぐとすぐ眠らせちゃうし、口癖だった“天使”も無くなったし。なるほどねー、納得。これから気をつけるね」
「ああ。皆、マディに言おう言おうとは思ってたんだが…」
「うん、そう。でもちょっとね、言いづらくて」
「そっか、だよね。何もしてないのに人格が大きく変わっちゃうかも、とかどう説明していいかわかんないよね。性ホルモンとか神経伝達物質の発見って偉大だわー」
王国語で喋ってはいるが全く理解の及ばない論理でひとりでに納得した妹に、最初から途中経過までずーっと違えども結論は合っているので「まあいいか」と男2人で顔を見合わせ頷きあい、恐怖の面談は終了した。お約束は守らないと、が小さい頃の口癖だった妹だ。今後は意地でも降ろすまい。
「…飲むか」
「飲もうか」
ほとんど同時に発された同じ言葉に、またしても2人顔を見合わせ笑い合う。そういえば、スヴァさんの妊娠中ずっと男が、俺にとって弟が、生まれるものだと思っていた。ぽこぽこと元気に腹を蹴るし何より歳が離れている分、一緒に遊べるやんちゃな弟の方が良いと、生まれるその瞬間まで思っていた。
それが生まれてみれば想像以上にやんちゃな妹で、今更になって歳の近いおとなしい弟がなし崩しで出来て、何度も一緒に酒を酌み交わしているのだから人生は不思議なものだ。
「そうだ。王都で用事を済ませがてら色々と買って来ていたんだ」
待ってて、と軽くウインクして部屋を出て行くフルンの姿は、客観的にみればそこいらの女性よりも美しく艶やかだ。普段の仕草だけで言えば、2家族で一番優雅だろう。やはり育ちか、育ちなんだろうな。
「一緒に野辺を駆けて遊ぶような弟じゃあないが、これはこれで面白いな」




