マドレーヌ14歳、夏。~眠り姫〜
「今年は雨が多いねぇ」
「…うん」
長雨の季節といっても例年は雨の合間に晴れ間があって暖かくなったりもするのだけれど、今年はずっと雨続き。一日中暗くて春先みたいな低温が続いている。
「こんなに降ると、こまめに手入れしなきゃだね」
「…うん」
日照が少なく気温も上がらないため土に水分が残りやすい。それに強い雨に打たれると葉に泥が跳ねて病気の原因になったり気孔を塞いで呼吸の妨げになってしまう。今年は鉢植えも多いので、手入れの順番をきちんと決めてかからねば。
「暇過ぎて薬草茶だの作りすぎちゃったよね。皆に贈ってもまだまだあるんだもん」
「…うん」
小降りになったのを見計らい毎日のように薬草を収穫して、悪くなる前にお茶やお酒や軟膏やキャンディに加工した。他にやることもないので日がな一日費やして、気づけば山と積んでも余るほど。流石にこれはないな、と、友人知人に押し付けまくった。送りつけ商法だな、と思いながら。
「窓どころか壁まで結露しちゃってるし」
「…うん」
おかげで洗濯物は乾かないし、薪も炭もばんばん消費してしまっている。いつも通りならあと3週間くらいは長雨が続くのだが、このままの気温で推移すれば炭焼き作業を始める秋まで保つかどうか。
それより何より。
「ねえ?」
「…うん」
止まない雨よりじめじめが酷いのが、温度が低くて湿度たっぷりなのが、実父ヘルギである。これに比べれば兄2人から発せられる違和感なんて、そよ風みたいなものだ。
「父さん?」
「…うん」
「体の具合でも悪いの?」
「ううん」
「じゃあ、気分が悪い?」
「うん…」
やる気も語彙力もすっかり失われて、暇さえあれば娘にべったりくっ付いて離れない。この場合の「暇」はヘルギ側ではなく、マドレーヌ側の、である。
「ねえ父さん。久しぶりに2人で新しい調薬しようよ」
「マディは、それ、楽しい?」
「うん、楽しい!2人で一緒に調薬できるの、父さんしか居ないし」
祖父や従兄も調薬のスペシャリストではあるのだけれど、手順が異なるのでどうしても作業のタイミングが合わない。同じ家の出身でも、幼い頃から師弟関係にある父とはやはり違うのだな、としみじみ実感したものだ。
「そっか。じゃあ早速、ぼくらの秘密基地に行こう!あ、その前に何を作るか決める?ああ、先に炭を焚いて暖かくしておかなくっちゃ。ええと、それと」
「父さん落ち着いて」
ずっぽり地の底に沈んでいたかと思ったら、俄然張り切り出して。まったくの情緒不安定だ。
ともあれ、ライフワークである調薬でもしていれば少しは気持ちも安らぐだろう。ルーティン動作は不安や緊張を和らげ、心を整え、集中力を高める効果があるというし。
「マディ」
「ん?」
何かを問う間もなくぎゅっと抱きすくめられる。どくん、どくん、規則正しいけれど少し強くて速めの心音が次第に落ち着いてゆき、心地よいビートを刻んでいく。暖かな部屋で人肌の温かさに包まれて、頭がぼんやり鈍くなり瞼が重くなる。
「秘密基地があったまるまで、お昼寝しようか」
「うん」
「一緒に寝ようね」
「うん」
体が持ち上げられたか、ふわふわした浮遊感を最後に意識は途切れた。深い深い眠りの谷へ落ちていく。
「おやすみ、ぼくの眠り姫」




