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マーシャル・デライト26歳、夏。~傾国の悪女~

「モロコ男爵の、でしょう?わたくしも噂だけは色々と聞いておりましてよ」


 ゆったり優美な手付きでカップを傾けるマーシャルの言葉に、夫人達は顔を強張らせた。

 メティヴィエの義妹と同じ年頃の娘を持つ家を主に集めた茶会だけあって親である夫人らはマーシャル達よりも10歳くらい年上で、若くして当主夫人になった2人をよく思ってはいないとすぐに察せられた。特に1人の夫人は、あからさまにメティヴィエを敵視している。彼女の価値観を借りれば、たかが伯爵夫人風情が公爵夫人に対して。


「そう、たしか。月下香の貴婦人が贔屓にされている宝飾店に、学院の同期生である息女を脅し付けて紹介状もなしに案内させようとなさった、とか」


 月下香の貴婦人は“社交界に咲く大輪の花”とも呼ばれる華やかな侯爵夫人だ。マーシャル達の親くらいの年頃だけれど豊満な胸と芳しい色香にふらふら誘われる若者が絶えないことから夜に香る妖艶な花の異名を持ち、本人も「わたくしは美しく着飾るのが仕事」と言い、肉感的な体に負けない大ぶりの宝石をよく身につけている。


「まあ、男爵家ですの?それもデビュー前のご令嬢が?」


「あちらの宝石は、失礼ですけれど、その程度の家の、年若いご令嬢にはどうかしら?」


 頭も口も軽い分変わり身も早い夫人達はくるりと掌を返してメティヴィエとマーシャル側につく。貴族らしい瞬発力を発揮した歳上の夫人に若き公爵夫人と侯爵夫人は「その対応で正解だ」と言わんばかりの優しい視線を向けた。


「そういえば、かの家は正しい血筋のご令嬢を亡きお母様方に追いやって愛人の子を後に据えたとか」


「まあ、恐ろしい。正統な後継を放逐して愛人とその娘を迎え入れるだなんて」


 マドレーヌとされる“傾国の悪女”の所業をそっくり押し付けられる人間はいないかと少し当たってみれば、下位互換、というのも腹立たしいが、表面上は似た境遇にある正真正銘の悪女が見つかった。

 デライト家と縁があり新たに伯爵位を賜った家の、マドレーヌと仲の良い令嬢の話に拠れば、その令嬢は王立学院の内外あちこちでやらかしていたらしい。財務大臣として王宮に出仕する父にも話を訊けば“傾国の悪女”の噂など可愛らしいもので、夫の多忙の原因の一つがその令嬢と知れば当初抱いていた(やま)しさは塵一つ残らず吹き飛んだ。


「他者の功績を我が物と喧伝して、格上の家の子息を侍らせていたそうよ。その子息も身分を楯にして無関係の人間に無理難題を迫っていたと、父が呆れていたわ」


 子息の方は王宮の食堂でやらかしたらしく、証言は集めずともすぐに集まった。人目につくところで面会するなら表向きだけでも取り繕う知性くらい欲しいものだ。まあ、この親にしてこの子あり、だけれど。


「あら、ご気分が優れないのかしら?」


「い、いいえ」


 メティヴィエが問うと小さく(かぶり)を振ったが顔色は悪い。それはそうだろう。この夫人こそが、王宮内の食堂で衆人環視の中、母の実家の家名に泥を塗った馬鹿息子の親その人なのだから。



 ―親の顔が見てみたい、と仰っておいででしたけれど。



 ―ふふ、こんな顔なのねぇ。お馬鹿な顔をしているわ。



 王立学院時代から仲の良い”お姉様“と視線だけで会話する。マーシャルが憧れたメティヴィエお姉様は、公爵家に嫁いだからこそ大人しくしているけれど、本来はその辺の軟弱な男達よりもよっぽど男前なのだ。今この茶会を最もお楽しみ中なのは、きっとメティヴィエに違いない。その証拠に、よく研いだ剣のように鋭い光を両の瞳に湛えている。


「その方、冬にはお子が生まれるのでしょう?ご家族はどうなさるおつもりなのかしら」


「「「えっ……??!」」」


 未婚のうちに子を孕むという、真っ当な貴族令嬢ならば想像を絶する罪深い事実をメティヴィエから聞かされた夫人らは言葉を失い真っ青になる。


「その…、お腹の子の父親は…?」


「噂では何人も侍らせていたのでしょう?ご本人にも、お判りにならないのじゃないかしら」


 もしかすると自分の息子の子かもと怯える母の心も知らず、ほほほと笑う夫人の言葉は残酷だ。婚姻前に子が居て、しかもその母は未婚の貴族令嬢だと露見すれば、本人にも家にも大打撃。どれほど悪評が立とうと、身分違いだろうと、娶るより方法(みち)はない。卑しき平民の血の混じった、平民とさほど変わらないと蔑む男爵家の令嬢であっても。


「きょ、教会。そうよ、そのようにふしだらな小娘は、教会で過ちを悔い改めさせなくては」


 なるほど多額の寄付金と共に教会に押し込み、産み月まで世俗と隔離する手もないではない。けれど、今回はその手法は使えまい。


「受け入れては、いただけませんでしょうね」


「そうねぇ。畏れ多くも“奇跡”を騙るだなんて前代未聞ですもの」


「まあ!神の御心に(そむ)く行いを?!」

「なんて恐ろしいのかしら」


 そう。彼女を受け入れる教会は、王国内には何処にもない。同じ教義を持つ他の教会も受け入れはしないだろう。”奇跡”を勝手に名乗るのは、それほどの大罪だ。悪質だと判断されれば一族揃って破門される事も充分にあり得る。

 その程度の常識はあったらしい。夫人はますます色を無くし、息も荒くなっていく。ここまで攻めれば今後、良からぬ噂を流すまい。目配せして終わりを確認する。



「そうそう、本日は皆様に珍しいお茶を用意致しましたの。とても腕の立つ薬師が調合した、心を晴れやかにする薬草茶ですのよ。長雨に心が塞ぎがちなこの時期に、ぴったりでしょう?」




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