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メティヴィエ・キエフルシ27歳、夏。~傾国の悪女〜

 ―まったく、馬鹿馬鹿しい。


 メティヴィエは広げた扇の内側で、小さく呟いた。

 公爵家の庭師が丹念に手入れした庭はしっとりと雨に濡れ、瑞々しく鮮やかな色彩を放っている。その美しささえも今のメティヴィエの心の慰めにはならなかった。


「愛人の子なのだもの、殿方の心を掴むすべはお得意でいらっしゃるのね」


 健康を取り戻した義妹のために催した、キエフルシ公爵家主催の茶会。子供達とは別のテーブルに分かれ、派閥に属する口も頭も軽い夫人方の今日の話題は”傾国の悪女“。


「なんでも、高価なドレスや宝石をねだったとか」


「お生まれが卑しいと、身を飾り立てることにばかり熱心におなりになるのね」



 ―考え足らず、ここに極まれりだわ。



 時は社交シーズン真っ只中。見映えのする宝石は春の間に売れてイヤリングやネックレスなどの加工に回されているし、新しく入手できても販売先はとっくに決まっている。こんな時期にいきなり「高価な宝石が欲しい」と駄々を捏ねたところで手に入るまでどれだけ掛かるか。ドレスに関しても同様で、すぐに手配しても数ヶ月待ちになろう。

 そうした中でスュトラッチ家がすぐに用意できる宝石やドレスといったら、幾ら金を積もうとも滅多にお目にかかれない超のつく一級品で、マドレーヌは生まれ落ちた時からそれらの所有が約束されている。先王姉には息子しか居らず、その長男にも男児が2人。次男ヘルゲートが女児を持ったその瞬間、本人が望むと望まざるとに拘らず、先王姉の輿入れ品はすべて彼女に受け継がれると決まっていた。


「穢れた血に触れさせるだなんて、かのお方様はきっとお嘆きですわね。わたくしなら、(たと)え身内でなくっても、青い血の者に譲りたいわ」



 ―こちらは多少なり知恵が回るようだけれど。内容はお門違いね。



 輿入れに際して実家が誂えた品々は妻個人の資産で、たとえ夫でも勝手に処分できないし、許可なく売り払ったりすれば離縁の理由として認められるほど重大な過失になる。これらの品は立場の弱い女性が嫁ぎ先で肩身の狭い思いをしないように、という配慮であると同時に、実家との強固な繋がりを証明するものでもあるからだ。

 ゆえに、身分が高ければ高いほど、正しい血統者以外に譲ることを固く禁じられている。スュトラッチ家の場合、先王姉の血を引く女孫はマドレーヌだけ。輿入れ品を所有する権利があるのは彼女しか居ないのだ。それは、彼女が噂通り現伯爵の愛人の子でも変わらない。



 ―この家の嫡男に婚約者は未だ不在のはず。母親がこのような不見識者だなんてね。“妻の財産目当てのご縁を求めるくらいお困りのようだ”と年頃の娘を持つ家々に教えて差し上げないと。



 血統を軽んじ自家の財産を易々と他人に渡すと公言する女主人の居る家だ。妻が実家から持参した貴金属や調度品の類に手を付けない保証はない。売り払うならまだ対処は単純で済むけれど、愛人や後妻の子にくれてやったりすれば、一滴も自家の血の流れていないにも関わらずそれを楯に後見なり支援なり迫られれば、明らかな嘘だと皆が知っていても面白おかしく噂になったり、後処理が面倒くさいにも程がある。



 ―どうせお義父様の愛人関係の結び付きだし、切っても問題ないわね。



 素直な馬鹿なら使う方法もあるけれど、賢いつもりの馬鹿は抱えれば損しかない。不要な縁の整理の算段を頭の中でつけていると、1人の夫人の物言いたげな視線が刺さる。隠し切れない愉悦をその口元に浮かべて。



 ―行儀の悪い駄犬を飼う趣味は、ないのよね。



「キエフルシ様は。その方とお親しいと、お聞きしましたわ」


 後ろ盾になった者が醜聞に塗れたのを“人を見る目がない公爵夫人”と(あげつら)うつもりだったらしい。相手の力量を測らずに戦いを挑むなんて勇気がある。もっとも、この場合は“蛮勇”だけれど。


「親しいだなんて。会ったことはおろか姿を見た事すらもなくてよ?」


「まあ!」


 メティヴィエの返答に、その夫人は扇も取らずわかりやすく喜びを示した。頭の中では「一度後見した人間を切り捨てる」「血も涙もない」「恥知らずの」などの、メティヴィエを責め立てる言葉がビュンビュン飛び交っている事だろう。


 この家は先代公爵が好む容姿の“無知な平民女”に甘言を囁きそれなりの教育を施し、紹介状を持たせて愛人に斡旋することで庇護されて来たらしい。先代夫妻が必死になって隠していただろうこの情報は、この家と所縁のある子爵家の生まれで古くからの愛人の1人であった使用人頭が、マドレーヌの()()()()()の初日に悪意を持って下働きをさせた事で露見したのだから皮肉なものだ。掃除婦や洗濯婦らスキャンダラスな話題が三度の飯より好きな人種の元に賢くも愛らしい稀代の人誑(ひとたら)しを送り込むなんて、つくづく公爵家と己の秘された醜聞を公言したかったに違いない。メティヴィエが見込んだ彼女は、それくらい聞き上手で喋らせ上手なのだから。


「その方、男爵家のご令嬢でしょう?接点なんてまるでありませんもの」


 その答えにますます笑みを深め喜色満面な夫人に、メティヴィエは一瞬、鋭く光る猛禽類が如き眼差しを向けた。


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