ミラベル14歳、夏。~傾国の悪女〜
「酷い話ですわね」
落ち着いた色合いの金髪を編み上げ、派手さはないものの歴史の深さと格調の高さを感じさせるドレスを纏った伯爵家のご令嬢は、思いっきり眦を吊り上げた。もしここに女家庭教師が居たなら思いっきり鞭で打たれていただろう。けれど、大切な友人を2人も侮辱されて澄ましてなど居られない。そんな彼女が親友であることを、ミラベルは心の中で誇る。
「このようなところをお見せして、申し訳ありません。モニカ様…」
「いいえ、貴女のせいではありませんわ」
先日の恐怖を思い出したか涙を溜めるご令嬢に絹のハンカチを手渡し優しく微笑むモニカは、この度陞爵して子爵家ご令嬢から伯爵家ご令嬢となったが、穏やかな気性はそのまま。すらりと背が高く居住いも楚々として美しいと評判だ。
もっとも、一部には心無い事を囁く者もいるけれど。
「そうよ!だいたい、婚約者でも何でもないんでしょう?」
「はい…。先日、先方のお屋敷に招かれお茶をした、程度です」
政略的な意味合いの薄い家では子息令嬢の婚約者決めは割合のんびりで、まずは家格の釣り合いの取れた中から順繰り交流して婚約者候補を絞り、更に交流を深めて選ぶのが一般的だ。恋愛婚ならば二股三股と謗られるだろうが、見合い婚なんて同時進行が当たり前。一度同じテーブルでお茶を飲んだから正式な婚約者になったと思い込むなど。
「馬鹿なのかしら」
「馬鹿ですわねえ」
「馬鹿…なんでしょうね」
しみじみ、少女の輪唱のような声が空に溶けた。
*****
夏至祭も終わりに近づき日常に“社交”が馴染んだ頃、王都にとある噂が流れた。それは、ある1人の、平民上がりの貴族令嬢の話。
そのご令嬢は平民という賤しき身の上であったが母親が貴族の愛人であったことから貴族令嬢となり、その身の器に合わぬ贅沢や我儘を望み、癇癪持ちで、男癖も悪い、端的に言えば阿婆擦れだそうだ。それを諌めた使用人は暴力を振るわれた後に着の身着のまま解雇され、籠絡された主人も一向にその振る舞いを咎めなかったのだとか。
この手の悪評は初めこそ面白おかしく盛り上がりこそすれ、新たな情報がなければやがて下火になる。薪をくべ続けなければ暖炉の炎は直に消えてしまうように。
「お父様、ミラベルです」
珍しく邸にいる父に帰宅早々に呼び出されたミラベルは、着替えもそこそこに父の元に向かう。このところ休みなく働き顔を合わせることも出来なかった父は酷く疲れていて、心なしか肌も浅黒く見えた。
「正直に答えよ。キーバーの小倅と、親しい付き合いはあるか?」
「ございません」
「嘘はないな?」
「同じ年に入学した学院生ですから二言三言は言葉を交わしたこともありますが個人的なお付き合いは皆無です」
登場人物が変わっただけの、過去にも問われたことがある質問だけれど、今回はより強い口調で。事態は以前よりも深刻だと察する。加えてこのタイミングと来れば、あの忌まわしき噂話にエーブレス・キーバーが関わっているのだろう。
非道な令嬢の話は、まるで見てきたように語る存在が居るらしく、時の経つにつれて過激になっていく。実しやかに囁かれる噂に、マドレーヌを知らない人間が信じるのは勿論、学院生でも、以前は「天使」と讃えていた者達がくるりと掌を返して噂の肉付けに加担しているとミラベルはみている。そうでなくては説明がつかないほど作り話が詳細なのだ。
「そうか。ならば、もう行っていい」
重ねて問い糺す気力もないようで、父は重く長い溜息を吐いた。
「お父様、美味しい茶をいただいたの。一杯だけでもお飲みになってください」




