エーブレス・キーバー14歳、夏。~王都からの手紙〜
長雨の季節はいつも憂鬱だ。今日はそれに拍車をかけるように、憂鬱な気分にさせる手紙が届いた。
―ところで、幼馴染を名乗る男性は、ほんとうにエーブレス様のご友人ですか?―
いつも通りの、身の回りで起きた出来事と相手の健康を気遣う言葉の最後に、取ってつけたような一文。
手紙の送り主は王立学院の同期生、ココ・ムラング。王立学院の学院祭をきっかけに親しくなったご令嬢だ。人柄も良く家格や派閥の問題もないことから、卒業した暁には正式に婚約を結び、その年のデビュタントで婚約を知らしめる予定の相手だ。
「紹介しただろう?」
家格の高くない貴族同士の婚約では大々的な婚約式は執り行わず、親類縁者以外には夜会で互いの衣装の色味を合わせたりダンスを2曲続けて踊るなどして周知する。下手に婚約式など催せば招く方も呼ばれる方も出費が嵩んでしまうし、その費用に見合うリターンも見込めないという理由からの配慮である。
だから正式な婚約の前段階として互いの友人に紹介しあっていて、あの幼馴染のこともココは知っている。
「キーバー領に、女性の好みそうな何かはあったろうか?」
夏至祭の期間中、ココを差し置いて幼馴染をキーバー領に招いたのを拗ねているのか?でもまだ正式な婚約者でもないご令嬢を遠方まで連れ出す訳にはいかないし、正直に言えば、友人関係に口出しされるのは気に入らない。
それでも気分を害したのだから領内の名産品でも贈れば良いのかとも思い直し、執事に問うてみた。女性とは違って男に専属の従者をつけるのはよっぽど裕福な家に限られる。貧乏ではないけれど余裕も大してないキーバー家には勿論いない。
「拝見してもよろしいですか?」
執事に手紙を渡すと、彼は顔を強張らせて部屋から出て行き、父を伴って戻って来た。
「王都へ向かう。急ぎ支度をしろ。ムラング家との面会は…、行き違いになるな、向こうで日程を整える」
「え、父上?」
父だけではない。数人の使用人も共にやって来て、次々とトランクに荷物を詰めていく。自室のはずなのに、今ここに、私の意思はない。
「ああ、手紙が先か。エーブレス、その者は当家と一切の関わりなき者であると、書いて送れ」
「え?だって、彼は…」
「早くせよ。時間がないのだ」
「何故ですか?!」
彼とは幼年の頃に派閥の上位者が同じ年頃の子供を集めた茶会で知り合い、領地もそれなりに近い事から仲良くなった。それは父も母も知っている。
「これから先、何があろうと何と言われようと、奴とお前は無関係を貫け」
「それはっ!この手紙が原因ですか?!まだ正式な婚約者でもないのに私の交友関係に口を出す権利など」
父にぐいっと差し出す手紙を持つ手に力が籠り、ぐしゃりと潰れた感覚があった。唾を飛ばして捲し立てるエーブレスに、しかし、向けられる眼差しは呆れと失望を孕んでいて。
「愚かな。ムラング嬢の手紙は忠告だと、何ゆえに気づかぬ?」
「は…」
「その男は何らかの不名誉を犯した。ムラング嬢は、我が家に累が及ばぬように先んじて忠告してくれただけのこと」
「え…」
「類は友を呼ぶ。その男の友人であると周知されることが不利益になるほどの何かが、王都で起きたか」




