マドレーヌ14歳、夏。~スローライフは忙しい⁈〜
晴耕雨読。
晴れた日には田畑を耕し、雨の日は本を読んで過ごす、悠々自適のスローライフ
…と思っていた時期がありました。
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「マディ!日が差してきた!」
「え?!やばっ!早くしまわなきゃ!!」
分厚い雲を割って昇る朝日を背負い大きな鉢植えをえっちらおっちら運ぶ2人の愛弟子に、スヴァーヴァは呆れた眼差しを向ける。
「今度は何なんだ?」
「軟白栽培の実験!うまくいけば甘くて柔らかくてジューシーな野菜が出来るのー!」
「また野菜かぁ」
「普通のより美味しくなるよ!」
様々な植物を色々な条件下で鉢植え栽培しているのだが、長雨ではどうしても湿度が高くなり土にカビが生える原因となる。そこで早朝や雨の合間を見計らって風に当てているのだけれど、今日は珍しく晴れのようだ。土を盛って覆いを被せ、遮光状態にしてある鉢を大急ぎで屋内に運び入れる。
「お嬢様、しばらくは読書をしてのんびりお過ごしになるご予定だったのでは?」
「う。そ、それは…」
朝練と鉢の移動ですっかり明るくなってから家に帰ると、ばっちり支度を整えたケルノンが湯の入った盥を抱えて待っていた。ついでとばかりに放たれる揶揄い混じりの言葉にぷぅっと頬を膨らませたものの反論の言葉も浮かばず、ぶしゅうと萎ませる。
マドレーヌとて当初はその積もりだったのだ。けれども実践主義の人間に、スュトラッチ家からの薬学・農学・植物学の専門書が届いたのだから実地試験が始まるのは自明の理。そんなわけで相変わらず忙しい日々を送っている。もしかしたら、かつての人生ならぬ魚生?ではマグロやカツオやサメだったのかもしれない、と思うほど毎日毎日バタバタ動き回っている。
「お体が冷えますよ、早くお支度ください」
「はあーい。…ねえ?お湯ちょうだい?」
「重いのでお部屋までお持ち致します」
「さっき運んでた鉢より軽いけど?」
真っ当な指摘のはずが、笑顔を深めて黙殺される。そうか、自分であれこれ動かないのが良家のご子息ご令嬢に求められる嗜みのように、侍従や侍女は相手が動かなくて良いように身の回りのあれこれをするのが仕事だった。
「そろそろ専属の侍女さんを選んで貰おうかな」
昨年は貴族に成り立てで都会にも不慣れだったから良く知った人間の方が良いだろうとマーサかケルノンのどちらかに、その度ごとに付いてもらっていた。けれど、よくよく考えればマーサは女主人マリーの、ケルノンは嫡男ダルドワーズの専属だ。いくら家族とはいえ本来の主人を差し置いて世話をして貰うのは偲びない。
そんな事を考えながら歩いていたら、先をゆくケルノンの背中にボスンとぶつかった。
「あ!ごめッ!」
「お嬢様は。私ではご不満でしょうか?」
抑揚のない声を背中越しに聞きながら、はて、何か機嫌を損ねることでも言ったか、と己の言動を振り返る。
「ううん?頼りにしてるよ、いつも」
「では、何故、専属侍女などと?」
「だって、マーサさんもケルノンさんも、本来仕える人が居るのにわたしもだなんて大変でしょう?」
夜詰め勤務じゃなければ、人間の活動時間なんて多少のズレはあってもだいたい同じ。2人分の世話を熟すとなれば2倍以上の労力が必要だろう。慢性的な超過勤務、ダメ絶対。
「…それだけ、ですか?」
「むしろそれ以外の理由はなくない?」
納得したのか、ケルノンは無言で扉を開けていつもの場所に盥を置いた。
「私、お嬢様がお望みの限り、お側に居りますから」
「?ありがと」
殊更に恭しく礼をして下がっていくケルノンを見送り、モヤモヤを胸に抱きながらほかほかの湯で顔や手足を洗う。
「あ!雨が降ってきちゃった!あっちの鉢も中に入れないと!!」




