フルン26歳、夏。~雨音の子守唄を聴きながら〜
窓を叩く雨音を子守唄に、きみは健やかな寝息をたてる。唇や頬に朱みを認めるたび、胸が規則正しく上下するたび、家族みんなが密かに安堵していることを、きみだけが知らない。
『清らな処女が神の寵愛を得るのではないわ。神々と親和性の高い巫女は若年のうちに命を散らすから身が清らかなのよ』
スヴァさんは、より正確に言うならスヴァさんの求めで降りて来た神は、そう言った。
普通、巫女が初めて神々をその身に降ろすのは初潮を迎える前後あたりの、体が充分に成熟した年頃になってからだという。けれどごく稀に現れる親和性の高い巫女は、生まれ落ちたその瞬間から緩やかに神の世界と繋がり、ゆえに神が降りやすい。幼く未発達な体での降神は巫女の負担が大きく、生殖や生命維持に必要な機能が失われることも少なくないという。
―強すぎる力の代償は、その身と命。
「降さなければ、良いのだな」
皆が絶望に打ちひしがれる中、重く苦しい沈黙を破ったのは、男爵だった。
「そうね。そのように、致しましょう」
マリー夫人は声を震わせながらもそれに同意し、マドレーヌが神々に乗っ取られないよう心穏やかに過ごせるように環境を整えると言えば皆がそれに頷いた。幼い頃から神を降ろしてきたマドレーヌだ、元気そうに見えるけれど、いつその生命の火が消えるか。そんなことは皆わかっていて、それでも小さな希望に縋るしかなかった。
「ん…」
長い睫毛がふるりと揺れて、可憐な菫がぱぁっと咲く。
「えぁ?!もしかして結構寝ちゃってた??お昼寝のつもりだったのに!」
「違う違う!」
ぐるんと首を振ってベッド脇に家族全員が勢揃いしているのを確認し、慌てて体を起こそうとするのをダルドワーズが制した。
「あ、いや。ええっとな?」
「お祖父様が向こうの邸の蔵書を処分するでしょう?ぼくの専門外の書物もたくさんあってね、もしも良ければこの邸で引き取って欲しいなって」
大集合の理由をうまく説明できず狼狽えるダルドワーズへの助け船。マドレーヌの心の安全のためならば、ここに居る皆、一連托生だ。彼女をこの安全な地から出さないためならば。
―籠の鳥で、何が悪い。
普通の社会で生きづらい息子を2人持った祖父は、それぞれの特性に合った鳥籠を用意した。兄には規則正しく狂いなく過ぎる日常を、弟には飽くなき知的好奇心を満足させるための膨大な知識を。それは息子に少しでも良い環境で生きて欲しいと願う、紛れもない親心。
―異端は、普通にはなれない。
だから、きみも、ずっと鳥籠に隠っていればいい。柔らかく温かな、真綿のように優しい鳥籠に。




