マドレーヌ14歳、夏。~王国に雨が降る〜
降り続く雨のひんやりとした冷たさが窓の隙間からするりと入り込み、頬を撫でる。ノックの音に古い本をめくる手を止め顔を上げれば、香りの良いスープと柔らかなパンを盆に乗せたダルドワーズが入ってきた。気付けばもう昼時になっていたらしい。
「具合はどうだ?」
「すっかり平気よ。はしゃいで熱を出すなんてほんとうに恥ずかしい。心配も迷惑もかけちゃったし」
皆が帰った後に疲労が祟って倒れ、1週間ほど寝込んでしまった。保護者であるダルドワーズとフルンはとうに村を離れていたけれど異変を察知して戻ろうとしたので、ミケーネ国ご一行はマドレーヌの診断がつくまで一旦スュトラッチ家でお世話になっていたらしい。げに有り難きは近くの頼れる親戚である。
「色々あったんだから疲れて当然だ。向こうの、マディのジイ様バア様は”婿殿の家“ってんで、むしろ喜んでたぞ」
元侯爵家で王女の降嫁もあったおかげで格式高い部屋や茶器その他も一通りは揃っていて、外国の王族ご一行様の臨時御休憩所という無茶振りにもなんとか応じられたのだとか。思えば凄い家だ。前当主と次期当主がアレ過ぎて忘れがちだけれど。
「お礼とお詫びの手紙書かなきゃ」
「それは親父と母さんが送ってるから、マディはもう少ししてからな」
「…うん」
「ま。退屈だろうが、今は休む時だ。必要なものがあれば言えよ?」
「大丈夫。本も、お花も、ほかにも欲しいものは全部ここにあるもの」
義兄お気に入りの大きな椅子。養母がよく身につけている薄手のショール。養父が自ら摘んで飾ってくれた花。従兄が買ってくれた羊毛コースターに2人で遊びに行った先で選んだ紫色のマグカップ。古い本は実父のもので、それをめくる手の中指には実母の指輪。この部屋は今、“家族”で満たされている。
―だからこそ。
寝込んだのは、本当にただの過労なのか?
過労以外に何かあったのではないか?
ならば隠す理由は何処にある?
元から過保護が標準装備ではあるけれど、ここまでの”家族愛の重装備“は初めてだ。天から注ぐ雨が大地に染みを描くように、心の中に疑念がじわじわ広がっていく。
「マディ?」
「このスープ、おいしそう」
野菜をくたくたになるまでミルクで煮込んだスープは少し冷ましてあって、申し訳程度に鶏肉も入っている。パンはふかふかだけれどバターは控えめ。体調を崩した猫舌のマドレーヌを気遣ったメニューだ。
「もし足りなければ、同じのでも別のものでも、何でも作るとソーヤーさんが言ってる」
「今はこれで充分かな。美味しかった、ありがとうって言っておいて?」
「そうか。お茶は?」
「まだいいや」
何でもない会話を続けながら義兄の表情を窺い見れば、ほんの少し、ごく僅かだけ、強張っている。その理由が何か。部屋から出られない今は探ることは難しい。でも、家族の意図するところは、薄らながら解る。
「今の季節はしばらくずぅっと雨でしょう?おじい様からお借りした本をなるたけ多く、読みたいな」




