マドレーヌ14歳、夏。~ならぬ者〜
「邪魔するぜ」
「邪魔すんねやったら帰って〜」
蝶番が外れそうなくらい乱暴に扉が開き、他者を威圧するように大男がドスドスと入って来る。そのオラついた喧しさに苛立つより早く、うっかりお決まりの言葉がつるんと滑り落ちた。
「おう!なら帰るわ、邪魔したな。…ってコラー!」
「?!!!!」
ノリツッコミのあまりの上手さに感動を覚えるマドレーヌを余所に、その大男がくるり振り返って大声を上げるより早く義兄と従兄が立ち上がっていた。ついさっきまでのんびり遅めの昼食をとっていた食堂は、触れれば血みどろに切れそうなほど張り詰めた緊張で充たされる。
「ダル。小さい姫様」
「あ、2人ともどうしたの?」
「大きい姫様ご所望の品の、この契約書にサインを貰いに来たんすよ。ほら」
よく知った顔を見つけて兄2人の背中から出れば、ひょいと紙を手渡される。差し出されたその書類は苔桃ワインの取引に関する契約書。取引金額と数量とが書かれており、支払いも年末に纏めてではなく月毎に設定するなど、個人店に配慮した内容になっている。
「忙しい時に手間をとらせてごめんね」
「いえいえ〜、どうせついでなんで」
「そうそう。小さい姫様の顔も見たかったし」
ダルドワーズのかつての先輩で、退役後はマリア商会で働いている彼らは、マドレーヌを妹のように思っているらしい。第三部隊の各任務地に納品に行った際などは珍しいお土産もくれる、いい人たちだ。
「そいつらは?」
一方、立場上も籍の上でも“唯一の正式な兄”を自負するダルドワーズは冷たい目でならず者を睨みつけている。戦場で多くの敵兵を震え上がらせたという鋭い視線に射抜かれ、ごろつきは「ヒィッ」と短い悲鳴をあげた。
「睨むなって。案内を頼んだだけだよ」
「だよな」
平然と受け流す商会員の言葉に、大男達は赤べこのようにガクンガクンと首を上下に動かす。真新しい擦り傷に指の形がくっきり赤く浮かぶ手首、ノリツッコミの上手い男なぞは背中に大きな足形がついているけれど、そういうことになったらしい。
「ああ、あと小さい姫様の知り合いだろ?貴族らしきお子様2人も一緒だ」
*****
―彼女は、自分の知っている女性だろうか?
「そちらも契約締結した業務なんだろうし、イヤイヤでもやらなきゃいけないのは判るよ。でもさ、費用対効果で考えるとさぁ?」
ここに居る誰よりも小さくて可憐なお姫様みたいな女の子は、自分よりもずっと大きくて暴力も厭わない荒んだ男達を前に怯えることも蔑むこともせず、気安い口調で語りかけている。
「最悪よな。今回はまだ穏健派の俺たちだからこの程度で済んだがな」
「充分にあり得る最悪中の最悪は、頭と胴体が泣く暇もなく永久のお別れだったぞ」
王国軍第三部隊に所属し、今はマリア商会に勤める男2人の視線の先は、ダルドワーズ・コメルシー男爵子息。又の名を、氷鉄の守護神像。数多の敵を表情ひとつ変えず血と肉の塊に変えてきた辺境の守護神で、彼女、マドレーヌ・コメルシー男爵令嬢の義兄である。
「とはいえ、安定した収入源がないことには止めろと簡単に言えないし」
「まあなー、綺麗事じゃあ腹は膨れん」
「野垂れ死にするぐれえなら、って気持ちは痛いほどわかるぞ」
挙げ句、小汚い犯罪者どもに同情…というよりも共感の方が近いのか、擁護の言葉が飛び出る始末。
「いやもう…」
「なんていうか…」
「ほんと…すんません」
あまりに理解があり過ぎて、却ってごろつきの方が恐縮している。これを切っ掛けに、初めこそ恐怖で萎縮していたごろつき達がぽつりぽつりと自身の身の上を語り出した。
曰く。彼らはとある鉱山で坑夫として働いていたが、所有者が変わったとかである日突然解雇され、食い扶持を探しに手近な街をふらふらしていたところで声を掛けられたという。雇い主からは「金も女も欲しいだろ」「思う存分暴れろ」などと嫌がらせ行為をするよう指示されていたが、領内警備の多さに不安になって、大通りから外れた道で、腕や髪を掴むくらいしかしていない、らしい。
「ったく!アンタらデカい図体して肝っ玉が小さいったらないねェ!!」
ドン!と空の大ジョッキがテーブルに置かれたと思ったら、ずっと黙って聞いていたおかみさんが勢いよく捲し立てた。
「そんなの良いように使われたに決まってるじゃないか!もしもお貴族様に手なんて出してたら鞭で打たれて打ち首だよ!」
「「「ヒィィィ!!!」」」
「ああ、もしかしたらだけどさ、アンタら口封じに始末されるかも知れないねェ。うん、きっとそうさ」
「「「ヒャァァァ!!!」」」
「まあまあ、落ち着けって。おかみさん、俺らも同じもの。コイツらの分も。あと何か、軽く摘めるものを適当に見繕ってもらえる?」
「はいよ!」
脅かされた分だけ脅し返して満足したのか、おかみさんは鼻歌混じりで酒を持ってくると機嫌よく厨房に向かう。それを確認して商会員は大男に酒を勧め、ゆっくり飲むよう促した。
「俺ら皆、金を貰っちまってるんだ。嫌でもやらない訳には…」
酒が入って少し落ち着いたか、リーダー格らしい男が口を開く。心なしか顔色が冴えない。
「それ、証明できるか?」
「は?」
「こんな紙切れに名前か何かを書いたり、拇印を捺したりしたか?」
ぺらんと差し出したのは、先ほど締結したばかりの契約書だ。商会員は店主夫妻にじっくりたっぷり一つの疑問点も残さないよう時間をかけて説明し、文字の書けない夫妻に代わってサインした後、拇印を捺して貰っていた。
「そんなの金持ちしかやんねえよ」
「じゃあ、証拠はないな」
「は?」
「向こうさんがお前さん方を嫌がらせ目的で雇った証拠も、お前さん方がその為に金を貰ったって証拠も、何もないんだよ」
「え、じゃあ、あの金は…?」
「道中の護衛の職を斡旋するって言われて集められたんだろ?その代金じゃねえの?」
ごろつき達は顔を見合わせ、商会員を見つめ、更に再び顔を見合わせた。その顔色は明るくなっていて、ああ、もう安心して良いのだと、思わせてくれた。だから、知らなかったんだ。
「…なんか、思ってたのと違うな」
この時、幼馴染が発した小さな呟きに気づいていれば、彼を失うことはなかったのに。




