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エーブレス・キーバー14歳、夏。~破落戸〜

 肩を怒らせ大股で通りを歩く無精髭の大男は食堂の看板が掲げられた扉を乱暴に開く。


「邪魔するぜ」

「邪魔すんねやったら帰って〜」

「おう!なら帰るわ、邪魔したな。…ってコラー!」


 ポンポンといっそ小気味良いテンポで。ピンク髪の小柄な少女は、無頼者の怒声を怯むことなく真正面から受け止めていた。


 *****


「しっかし、災難だったなエーブレス」


「まあな。でも嫡男としての勉強だと割り切るしかない」


 エーブレス・キーバーは領都にある小さなカフェで幼馴染と気の置けない時間を過ごしていた。紅茶やコーヒーと共に軽食も提供するこの店は、味の割に値段が安くてエーブレスのお気に入りだ。


「だな。でもさ、俺、正直言ってスュトラッチ先生が()()()男爵家にお力添えくださるとは、思ってもみなかった」


「うん。俺も、そこが一番驚いたよ」


 スュトラッチ先生の噂は貴族社会や王都の隅々にまで広まっていたから、男子学院生の間での評判は頗る悪い。加えて、いつも読めない笑顔を張り付けて女学院生にキャーキャー言われているのだから、年頃の男にとっては敵だ。そんな人がキーバー領に家を求めていると父から知らされた時は酒池肉林な、下世話な想像をしたものだ。

 それが、“真実の愛”の相手や異母妹と居る時の穏やかな姿を知って、認識を改めた。


 ― 先生は、本当は、思いやりに溢れたお方なのだ。


 決して高級な店ではない、安価な食堂で。恋人と異母妹と護衛と同じテーブルに座り笑い声を交えてテンポよく進行する賑やかな会話を静かに黙って聞いていたスュトラッチ先生は、王立学院で見せるあの冷たい笑顔でなく、温かみのある笑顔だった。それは同性でもドキリとするほど美しく、慈愛に満ちていた。


「先生の噂の相手か、俺も見てみたいな。さぞかし美人なんだろな」


「ぶっちゃけかなりの美人だ。滞在中、もしかしたら覗き見る機会も」


 エーブレスの言葉を甲高い悲鳴が遮った。反射的に窓から外を見れば、屈強な男達が女性を取り囲み腕や髪を引っ張って路地裏に連れ去ろうとしている。


「またッ、あいつら!」

「おい!行くなよ危ないって!」


 当主を“旅の疲れによる急な病死”で喪った伯爵家は遺体と共に王都へ帰って行ったが、その際にごろつきをキーバー領に置いていった。消えた商人がまだ領内に潜伏していると考えているのか単なる嫌がらせか、別荘地や高級な店の並ぶ通りではなく、連中は領民が立ち寄る庶民的な通りや店を選んで威嚇して歩くのだ。威嚇だけならまだマシで、こうして領民に手を出すことも珍しくない。慌てて店を飛び出そうとするエーブレスを幼馴染が止める。


「離せよ!」

「お前じゃ無理だ!その足で行く気か?!」


 指摘されて初めて、両の足がぶるぶる震えているのに気がついた。行かねばならない正義感を、生存本能が邪魔する。嫡男の覚悟は、恐怖によってあっさり翻る。


「おいおい、オッサンら。いい歳して女の口説き方も知らんのか?」


 己の弱さを噛み締めるエーブレスの耳に、よく響く男の声が届いた。その声の主に、見覚えがあった。正確には、彼が身につけているお仕着せに。


「なんだテメエ!邪魔すんなら容赦しねえぞ!」

「邪魔なのはお前らの方だぞ?こんな陽の高い時間に通りのど真ん中でしつこくナンパとかロマンスのカケラもないな。嫌われるぞ」

「ああ?!!」


 襟元に輝くマリーゴールドの徽章は、マリア商会の商会員の証。スュトラッチ先生の紹介で縁をいただき、キーバーの危機を救ってくれている商会だ。


「それによ。俺らはお前らに感謝されこそすれ、怒鳴られる理由はねえよ。なあ?」


「ああ。俺らが“氷鉄の守護神像(ガーゴイル)”だったらお前らを予告なしに斬って捨ててたぞ。小さな姫様がやっと取れた休みを心健やかに過ごす為なら容赦ねえからな?」

「「「痛ッ!!!」」」


 マリア商会の商会員は掴み掛かろうとする男達を軽くいなして、あっという間に組み伏せた。


「あのねえ。俺らもね、後輩ほどじゃねえけどソコソコ実戦経験を積んでるんだわ」


「王国軍の第三部隊って知らね?そう、今話題の。俺らも他の人間も、マリア商会の人間の多くがそこ出身でさあ。つまりお前らさんがた、ここで騒々しくするんなら元軍人が相手になるぞってことなんだけど。おわかり?」


 腕っぷしが強い程度のごろつきが、実戦経験豊富な元軍人に叶うはずもない。彼らは地面に伏した男達の上にどかりと座り、背中に足をあげ。「助けて」と懇願する声にも一切耳を貸さず、ゆっくり説明していく。領民を救ってくれたのだけれど、なんというか…。


「どっちが破落戸(ならずもの)か、わからなくなってきた…」


 幼馴染の言葉にエーブレスも大きく頷く。体の大きな男を3人、敷物みたいに地面に広げて商会員たちは懐から出した煙草に悠々と火を付ける。


「あ、丁度いいや。お前ら、この店の場所はわかるか?」


「ちょっと用事があってな。案内してくれや」


 ぺらりと出した紙は、何かの契約書だろうか?彼らが不平等な取引をするとは思えないけれど、気にはなる。


「面白そうだな。ついて行こうぜ」

「あ、ああ」


 カフェを出て一行の後をつけたエーブレス達は、その先で衝撃的な光景を目撃することになる。



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