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マドレーヌ14歳、春。~実験はやっぱり楽しい〜

「薬草が育たなくなったの、王立学院の薬草園だったんですね」


「ええ、そうなんです。私も過去の報告書を読み返して気が付いた次第で」


 マドレーヌとカザンディビ・スュトラッチは管理人に案内されて王立学院の敷地内に設けられた薬草園を訪れていた。2人だけではなく、農学担当の教師と50人ばかりの学院生も一緒だ。


 今日は特別講義の日。学院生たちは薬草園の一角で起きた謎の現象の原因を突き止めるべく、教師や管理人を質問攻めにしている。


 *****


「じゃあ、まずpH指示薬(調査に必要な試薬)を作りますねー」


 取り出したるは、大量の赤豆をコトコト煮てもらった鍋。以前あんこの試作の際に濃い紫色の煮汁をみて閃き、試してみれば案の定、前世でいうムラサキキャベツの如く素晴らしい発色の変化をみせてくれた。喜びのあまり故郷の父に報せる手紙を書くべく急いでペンを取ったくらいだ。

 ともあれ。赤豆をザルで漉し、煮汁を別の容器に移す。冷ましている間に試料づくりに取りかかろう。


「こちらは管理人さんが昨日のうちに薬草園内の異なる8つの場所から土を採取して自然乾燥させておいたものです」


 サラサラの土を注ぎ口のついた器に掬い入れ、水を加えてよく混ぜる。これを静置して上澄みをとり、指示薬を垂らせば色の変化が見られる筈だ。


「あ、水の色がピンクに変わったぞ!」

「こっちもピンクだ」

「あれ…この水だけ青く?」


 同じ場所から採取したはずの土なのに一つだけ結果が異なることに、ざわざわ、ざわざわ。戸惑う学院生達を連れて、次は薬草園の見学だ。


 *****


「原因はたぶん()()か…」


「おや。レディ・マドレーヌは既に原因がお分かりですか?」


「はい。十中八九、あの大理石の像かと」


 現場を見て原因はすぐにわかった。ひとつだけ試薬が青くなったのは予想通り薬草の収量が減少しているという問題のエリアで、そこには大理石の彫像がどーんと鎮座する。大理石は石灰岩が高温・高圧で変成した岩石だ。これが雨などによって長い時間をかけて少しずつ土中に溶け出し、土壌がアルカリ性になったのだろう。


「まさか医薬の聖人像が土壌に影響を与えているとは。考えが及びませんでした」


「あの像は薬園の守り神みたいなものでしょうから、この環境にあった薬草と植え替えした方が良さそうですね。幸い、他の土地は影響がないようですし」


 お茶会の話題作りにと各地の地理や地質を学んだ甲斐あってアルカリ耐性のある薬草は幾つか心当たりがある。サラサラ書き出してカザンディビに渡して、こちらは任務完了だ。


「なんと。心から感謝します、レディ・マドレーヌ」


「いえ、こんなことで良ければ」


 大した手間でもないし、学院から謝礼も出たし。

 今回の特別講義は、やはりカザンディビとマドレーヌの会話を耳にした農学の教師が学院長に要望したもの()()()。というのは、マドレーヌが仲間外れを味わったあの日、カザンディビがコメルシー家に訪問して養両親から許可を得た際の説明の又聞きだからだ。


「……弟とは。仲良くしていますか?」


「たまーに揶揄ってきますけど、それ以外はおおむね良好です。ほんと、ごくたまに揶揄ってくる以外は」


 他愛のない会話をしながら学院生達の様子を見る。自領に置き換えれば換金作物が慢性的な不作に陥るようなものだから力も入るのだろう。熱心な姿は将来に対する切実さのあらわれでもある。


「コメルシー様。変化した土壌を元に戻すことは可能でしょうか?」


 話しかけてきた農学の教師は養父と同じくらいの年頃だが、マドレーヌを一端の研究者と見做して敬意を払ってくれる。未成年の無資格者に講義をさせることができず助手という肩書きになったことを深く詫びられたし、様付けも止めてくれない。化学や物理分野ならともかく農業はどちらの人生でも専門的に学んだことはなく、なんなら前世では某一次産業系アイドルのテレビ番組で得た知識しかない身の上では申し訳なさしかない。


「先程の実験で水の色が濃いピンク色や赤になった場合は貝殻や草木を焼いたものを撒いて、青や緑色になった場合は土に苔類が堆積した泥炭(ピートモス)を混ぜたり、コーンを植えるのが定石ですね」


「左様ですか!先ほどの水実験といい土壌改良といい、私めのような狭量な者にはない知識と発想を惜しみなく与えてくださるその御心に感服致します」


「この子は発想力と観察眼に優れていまして。私などでは到底及ばぬ知恵も知識も持っているのですが、どうにもそれを誇示するのを良しとしないのです。先生のように高名な方に認めていただけば少しは自覚も芽生えますでしょう」


 マドレーヌが何かを言うより早く、がっちり肩を抱かれてカザンディビが答える。スュトラッチ家の連中はどうもスキンシップと圧力が強めである。


「でも。わたしはきちんと学んだわけでもありませんし」


「レディ・マドレーヌが幼い頃から実地で学んできた薬草の知識の基礎はスュトラッチ家のそれですよ?尤も、新たな知見を得て大いに発展させていますけれど」


「言われてみれば、そうですね」


 少々行き過ぎても所詮は趣味だから好き勝手に弄ったり遊んでいるが、元を質せば父ヘルギ、旧名ヘルゲート・スュトラッチのライフワークだから、彼が行方をくらます14歳までにスュトラッチ家で学んだことが礎になっている。それから2人して観察したり実験したりを繰り返し、新発見!とハイタッチして喜んだり、失敗してあたふたしたり、うっかり毒性の強い薬草を誕生させて沈黙したり、微笑ましい父娘の思い出である。


「そうですか、やはり彼女は」


「ええ。我がスュトラッチ家の、至宝です」


「世に出れば騒然となりましょうな。私めも微力ながらお守りする手伝いを致しましょう。要らぬ奸計を巡らす者からも、くだらぬ噂を流す輩からも」


「それは有難いお言葉です。是非ともお願い致します」


 ほんのり里心がついて寂しさに浸るマドレーヌを横目に、二人の研究者は深く頷きあった。



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