マドレーヌ14歳、冬。~お料理教室はじめまして?〜
「ああ、なんて恐ろしいことを!やめるんだマドレーヌちゃん!」
「ふふふふふ!カリソンさんお覚悟!過剰なカロリーを摂取させてやるのです」
芝居がかった台詞回しと仕草で、焼く前のピザの耳部分にチーズを巻き込んでいく。トマトベースにハム、ベーコン、サラミの肉だらけというヤンチャな具材選びがカリソンらしい一枚だ。
「マディの焼けたぞー」
急拵えの窯の番はダルドワーズ。今日はコメルシー邸の庭で、わいわい賑やかなピザパーティだ。
とりあえず、マルゲリータっぽいもの、肉肉しいミートソース、ベーコンとポテトのグラタン風、ベーコンとチーズのジェノベーゼ風、ブルーチーズ&はちみつピザを焼いておき、後はお好きな組み合わせで楽しめるようにカットした具材をテーブルに並べてある。ベースはトマトペースト、薬草を使ったバジルペーストもどき、ホワイトソースがあり、王道を行くもよし、独自路線を突き進むもよし。ただし失敗作も全て食べきるのが掟だ。
「どうぞ。たんと召し上がって」
「ありがとう。あ、これおいしい」
「お養父様、新作のりんごとチーズのピザは大成功よ!メープルシロップをかけて食べてね」
「マディ、薬草オイルくれ。辛いほう」
男爵夫人に甲斐甲斐しく世話を焼かれ、実の息子より余程息子らしい顔でグラタン風ピザを頬張るフルン・スュトラッチ。妻子を村に残して1人寂しい単身赴任中なカリソンはしばしば用もないのにコメルシー邸に泊まるのですっかり見慣れたが、この光景に亜然とするのはデライト侯爵夫妻だ。
「フルン…おまえ」
コメルシー家に馴染みまくり、もはや息子の一人と化している。聞けば、専用の部屋まであるそうだから、よっぽど入り浸っているのだろう。フルンの変化を側で見てきたナウルでも驚いたのだから、ほとんどお初な妻は社交用の笑顔のまま、瞬きも忘れて座ったまま微動だにしない。完全に機能停止している。
「室長はこの薬草ペーストのピザ、お好きだと思いますよ」
初対面の挨拶をしっかり熟した後は、いつも通りで良いと言われたマドレーヌはジェノベーゼ風ピザとマルゲリータ風ピザを切り分け2人の前に運ぶ。
見習い兵士がわんさか居る家庭で育った実母と養母も、幼少から商家に奉公に出されていた養父も、家族の中に他人が混じることに抵抗はない。そんな環境で生まれ育った2人も言わずもがなで気にしていなかったが、普通はそんな反応になるのだなぁ、とマドレーヌは新鮮な気持ちでデライト夫妻を案じる。
「お菜は〜これでいいかな」
副菜は大皿に盛った料理を銘々が好きなだけ取り分けるスタイルだが、傅かれて育った侯爵やその夫人にはハードルが高いだろう。色々と用意した中から根菜のマリネ、にんじんのコールスロー、チキンの薬草煮込み、たまごサラダを選んで皿に盛り付け、これまた持っていく。
「感謝する。ああ、君の同期生の家のワインを持ってきた」
コメルシー家での気軽なパーティでは基本的に自分の飲みたいお酒を持ち寄って行われる。フルンは機嫌良く男爵や男爵夫人に持ち込んだシャンパンを勧めているし、カリソンはエールを瓶のまま飲みピザにフォークを突き立て大口で頬張る。焼きたて熱々なので手で持てず、カリソンでもナイフとフォークで食べるしかない。
「“カリソン!ダルドワーズ!俺たちの中で最強を決める時が来たぞ!!”」
「”わかったわかった。後でな。ロクマお座り!”」
ロクマは相変わらず薬草酒で気持ち良く酔っ払い、ダルドワーズとカリソンにウザ絡みしている。ちなみにダルドワーズとマドレーヌの飲み物は消化促進効果のある薬草水だ。これなら食べ過ぎても安心。
「まあ…!あなた、これは…??」
「美味だろう?」
金縛りは解けたがまだ理解が追いつかない侯爵夫人はほぼ惰性のままに料理を口に運び、ぱっちり目を丸くした。口に合ったようで何よりだ。
「あなたがこちらに来たがる理由が、よぅくわかりましたわ。あの冬の間は、こうしたお料理で過ごされておりましたのね」
ワインを傾け、侯爵夫人は優雅に微笑む。
代替わりしたばかりで更に注目を集めることになった夫から、たかだか男爵家に、それも社交などではなく遊びに行きたいと言われた妻がまず最初に考えたのが愛人の存在だ。後継も居れば他家と縁を繋ぐための娘もおり、立場は安泰。夫が外で囲うくらいなら黙認してやるのも貴族の妻の務めだ。けれど、あれだけ求愛しておいて?という気持ちはないではない。そこでやんわり問い詰めると「料理が美味」だとか、言い訳にしてもあんまりな返答が来た。そこで夫の相手を知るべく乗り込んだ次第である。
まさか本当に料理を味わうためだけに来たがっていたとは思わなかったし、その料理が見たことのないもので、かつ絶品なのにも驚いた。ついでに目撃した麗しの貴公子フルン・スュトラッチのあの変わりようには驚きすぎて言葉も出ない。
「君から贈られたレシピに則って朝夕に支度させているが、充分に食しても以前の体型にまったく戻る気配がないのが実に不可解だ」
「バターやクリームが少なめで野菜が多いからですかね?」
野菜の中に薬草類が多分に含まれるのも薬草の産地ならでは。虫食いだったり成長不良だったり、逆に収穫時期を逃して育ちすぎた薬草はおいしく消費される。食べきれない場合はこうしたペーストにしており無駄にはしない。
「薬草とトマトのペースト、まだ有りますからお一つずつ持っていかれます?」
「それは有り難い。この、にんじんとたまごの料理も実に美味だ」
「どちらもマヨネーズさえ作れば簡単に出来ますよ。レシピ要りますか?」
「頼む」
侯爵夫人は考える。
夫はこれほど食にこだわる性格だったろうか?筆頭侯爵家にふさわしい上質な食材を、腕の良い一流の料理人が仕上げる、伝統あるデライト家にふさわしい料理を食べていた時は「これが食べたい」などという言葉は聞いたことがない。まあ、常に間違いのない味わいだし、下手に我儘を言えば使用人の咎になると教わるのだから当然ではある。
けれど、どうもこの家の味の虜になったらしい。プライドの高い一流の料理人に家庭料理のレシピを突き付けて辞める辞めないの騒動になったのを収めたのは他ならぬ自分だ。
「今日のお料理は、あなたがお作りに?」
「はい。粗餐ではございますが、お口に合いましたなら幸いです」
貴族を含めた上流階級の女性は、家事に疎いのが良しとされる。妻や娘がそのような雑事をせずに済むように身の回りの一切を任せる使用人を雇うことのできる財力を外に示すためだ。裕福な平民と変わらない男爵家ならば充分な数の使用人を雇えないこともあるだろう、とも思ったが、邸内はよく整えられているし、コメルシー家が営む商会は優れた商品を次々と発表して経営は上々。養子とはいえ娘に家事をさせる理由はない。
「料理は彼女の趣味の一つなのだ。ご両親はそれを尊重しておられる」
「体調を崩しました時などは、母のためにと滋養に良いものを作ってくれるものですから、ついつい甘やかしてしまいますの」
「ぼくもたまに作って貰っているよ、黄金パン」
「あれはふわふわとして実に美味だな」
ほほほ、と微笑む男爵夫人とフルンの瞳に宿る慈愛の光。その味わいを思い出したか、頬を弛める夫。
思えば。妻と恋がしたいと言ってきた夫は、忙しい合間を縫って愉快な大衆演劇に誘ってきたり、風邪に効くという”はちみつレモン“を贈ってきたり、入手困難なコメルシー家の商会の化粧品や日用品を山ほど買ってきたり、態度でも言葉でも大いに愛情を示してくれた。激務ですっかり痩せた今は社交の場に出れば熱っぽい視線を向ける女性も居て、広く知られた父親の所業に準えて愛人狙いの行動に出る者も出てくるだろう。父を嫌う夫が靡くとは思われないが、それでも面白くはない。
「ねえ?わたくしに、お料理を教えてくださらない?」




