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ナウル・デライト26歳、冬。~決起会~

『お寂しく感じることも多そうです』

『己と遠い立場に在る者を慮れるのは誰にでも出来るものではないな』


 小さな声のはずが、コメルシー兄妹の言葉だけがやけに耳に響く。


 実質、貴族の最高位に生まれたのだから。あれだけ高額な費用と時間をかけて教育したのだから。出来て当然、優秀で当然。褒められることもなく、褒める意義も解らずに生きてきた。

 それが、何の因果か、関係を深めることになったコメルシー家は。臆面もなく他人を褒めるし、心から案じるし、傍に居れば己の立場を忘れて頼り切ってしまいそうな、またそれを許してくれそうな強さがある。



「デライト侯爵」


 気恥ずかしさに思わず足を止めたナウルに声を掛けたのは、暖かみのあるキャラメル・ブロンドの髪を薄いヴェールで覆ったリデアル・ショーモンテ侯爵夫人。ナウルの父親と同世代で、知性と芸術的才能もそなえた才気ある貴夫人だ。


「例の件、わたくしのサロンでも皆さまがとても乗り気でいらっしゃるの。勿論わたくしも、出資させていただくわ」


「それは有り難い。夫人のお力添えがあれば、国内のより広くまで行き渡ることだろう」


 マドレーヌがキエフルシ家に寄贈したカミシバイの1作品を借り受けて制作した複写は完成し次第、各地の孤児院に寄贈されることになっている。文字と古典文学を同時に学べると高貴な方々に評判で、ショーモンテ夫人はその筆頭だ。


「国の未来を担う若者の手助けをするのは、とても有意義なことですもの」


 夫人の視線を追えば、そろそろ良い頃合いだろうと見切りをつけたか、兄達の側を離れて友人らしい学院生の元に行っているマドレーヌの姿。


「モニカ様、カタリナ様。先日の展覧会に“リナ”という画名で、小さいけれど、とても素晴らしい作品がありました。もしかして、と思ったのですけど」


「ええ、カタリナ様の作品ですわ」


「やっぱり!わたし、とても心惹かれました」


「あああ、ありがとうございますぅ」


 女学院生と無邪気に語り合っている。ああして見れば、年相応のただの少女で――。


「ああ、コメルシー様!商会の件、周囲の領と共同で購入することで話が無事に纏まりそうです。これで領民の生活も守られます」


「私の領地も救われました。本当に、なんとお礼を申し上げて良いか」


「まあ、わたしは特に何もしておりませんよ。すべて皆さまが真摯に訴え、責任ある方々が耳を傾けてくださったからでしょう」


 例の相談役でアドバイスした相手から次々とやってくる大仰な感謝をさらりと受け流しているのは謙遜もあるのだろうが、主に後に続く会話が面倒なのだろう。取って付けたしおらしい態度で判るようになった。


 よくよく周囲を見渡せば、滅多に会う機会のない高位貴族らに自身や家を売り込むべく動いている()()()な者も居るが、分別を弁えた者達のほとんどはマナー通りの短い挨拶を済ませた後はマドレーヌに話しかけるタイミングをチラチラ伺っているのが判る。けれど本人は壁の花になろうとでもしているのか、じりじりと隅の方に退いているために、そこに女学院生が群がり、遠巻きにする男子学院生の輪ができる有り様。誰もが動くに動けない、奇怪な雰囲気が漂っている。


「まったく貴女と来たら。このような場で積極的に縁を繋がず、何をしに来たのかしら?」


「はい!いつもご指導ありがとうございます。ではさっそく、ブリガ様、トルシーダ様、パソッカ様ともっと深くご縁を繋ぎたいので是非あちらのドリンクでも飲みながら」


「なッ…!貴女ねえ!」


「えー、いいじゃないですかぁ。わたし田舎育ちなので洗練された都会の方々の好みとかわからなくって、感想聞きたいなって。ダメですか?」


「しッ、仕方ないわね。いいこと?これは貴女がどうしてもというから飲んで差し上げるのよ?」


 …

 ……

 ………


「あらあら。()()デイロ家のご息女も形なしですわね」


 顔の前で両手を組んで上目遣いで相手を見る例の仕草にあっさり陥落したのは、金で人を従わせ人を見下す傲慢な態度で嫌われている、と悪名高きブリガ・デイロ嬢だ。けれど、マドレーヌとのやり取りを見守る周囲の視線は親しみに溢れ。何と言っても後ろに控える2人の令嬢の親愛に満ちた忍び笑いが、世間に流布する噂が事実と異なるものだと伝えている。


「噂というものは、信の置けぬものだな」


「ほんとうに。たったの数ヶ月で、まったく別人のように変わってしまうのですものね」


「もしや」


「ええ。以前からサロンに来ている学院生に聞きましたら、マドレーヌさんたら、あのご息女に新たな解釈をして差し上げたそうですの。“つんでれ”と言って、嬉しいことを素直に表現できない愛らしい性格だそうですわよ?」


「…彼女は、ほかにも何か?」


 同年代かつ同家格の縁で亡き実母とも親交が深く、次期筆頭侯爵夫人となる妻を導いてくれた恩人からの、意味ありげな視線にナウルは嫌な予感がしつつも問わずに居れなかった。


「さぁて、どうだったかしら?たしか、そうね。現状から来るべき未来を正しく見据え、常に広い視点を持って事を成す、思慮深く度量の大きな方の下でお手伝いをしている、とは聞いておりましたわ」


「それは……」


「どこのお方かは存じませんけれども。優れた部下を、優れた能力のままに抱えておけるのは、優れた上司の証明ですわね」


 必死で食らいついても素知らぬ顔で想像の及ばない域にまで一足飛びに達してしまう相手からの惜しみない賞賛を、母代わりのような人物から伝え聞く二重の気恥ずかしさ。と同時に、この2人に己が認められたことが誇らしくもある。


「私も斯く在りたいと。あり続けられるよう、精進せねば」


「…ナウル様。ほんとうに、お苦しみに耐えて、ご立派になられましたわね」


「ありがとうございます夫人。労りのお言葉、有り難く頂戴致します」


 ショーモンテ夫人との会話がじんと胸を打つ。

 以前ならば、たとえ親しみのあるショーモンテ夫人からの言葉であっても、皮肉か嫌味の類かと裏を探っていたかもしれない。それが愚かしい父をもつナウルが身につけた処世術であり、鎧であり、時には鋭い剣となった。しかし、どうにもあの村で過ごすうちに言葉を素直に受け取る癖がついたようだ。もちろん、人を見て、だけれど。


「決起会というものが、どのような催しか存じませんでしたけれど。本日は参会して正解でしたわ。なんと言っても侯爵になられたナウル様のお言葉をいち早く聞くことができたのですからね」


「ああ、いえ。夫人、本日は未来を担う若者に添うてやる会で」


「ふふ。わたくしにとっては、貴方様もまた未来を担う若者の一人ですもの」




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