ダンスインザダーク。ハロー・ワールド
アルバイトを終えた僕は歩いた。
物理的に僕の体が数歩動いた。
「僕の体が僕の意思で移動した」
それは確固たる事実であり、純然たる行動でもあるだろう。
右足と左足が交互にシステマティックに動く。
当たり前だ。
僕の「足」という部品は、「僕という物体」を、「A地点」から「B地点」まで、或いは「F地点」まで動かした。
家まで約3分。
バイト先でお湯を注いでおけば、自宅に帰り着いたタイミングでカップラーメンが一番美味しい距離だ。
なんだかなあ。
繰り返す毎日に少し嫌気が差して、思わず僕は反対側へと踵を返した。
明らかに草臥れた人達が次々と吸い込まれていく、インターネットカフェの無闇やたらに明るい光。
煙草か酒を買うのだろうか。
或いは、買い忘れた生理用品か歯みがき粉、今日発売の雑誌や漫画の立ち読みが目的なのだろうか。
コンビニの明かりに群がる人達。
ダンスインザダーク。
映画のタイトルじゃなく、昔好きだった競走馬の名前だ。
暗闇の中にも当たり前の日常が広がる。
明るかろうが暗かろうが、当たり前の日常は当たり前に目まぐるしく展開していく。
僕はその人達を詳しくは知らないし、僕の事を詳しく知る人も今、ここには誰もいない。
それでも皆それぞれ、「当たり前の日常」に「それらしい人達」、「それらしい悩み」に「それらしい事件」を落とし込んでやり過ごす。
皆それぞれ自分の幅や「世界」を持っていて、その枠の中で生きている。
「賽は投げられた」
なんて格好良くルビコンを渡れる人なんて、そうはいない。
僕も含めて、人はそれぞれの幸せや不幸、築き上げられる幸せや、自分が壊せる「世界」を持っている。
一般人が壊せる世界は、せいぜい「家庭」や「会社」、「複数の他人及び、その家族」。
市町村の長ならば、その自治体。
知事であれば、その「都道府県」
国家指導者にもなれば「その国」ごと。
大国の指導者ともあれば、場合によっては「人間世界」そのものだってあり得る。
その逆も然り。
今までの僕は、「普通」や「当たり前」に囚われすぎていたんじゃないか?
急に思った。
僕が「好きな事」、「やりたい事」にもう一度向き合ってみよう。
それが少ないなら、見当たらないのなら、今から作って増やしていこう。
「自分の世界」は自分で作ろう。
何でそう思ったのかは分からないけれど、夢の中での自分は、もっと「自分らしく」自由にしていたからかなあ。とぼんやりと気が付く。
ふと見上げた人工的な光の遥か上には、今日もいつもと変わらず、月の光が優しく降り注いでいる。
もうすぐ義務教育を終える僕には、今から自由な、そして残酷な「世界」が無限に広がっている筈だ。
それに気が付いた今日は、僕が本当の意味で世界と繋がれた日なのかもしれない。
僕の「電源」にスイッチが入り、じわじわと「世界」と繋がり、そして、それは縦横無尽に広がって行く。
それは良い「未来」なのか、悪い「未来」なのかはまだ分からない。
「良い」「悪い」「どちらでもない」
或いは第4、第5の選択肢だってあるだろう。
世界は無限だ。世界は僕だ。
例えそれが暗闇だったとしてもだ。
それが一時なのか、ずっと続のかは、僕の「選択肢」と少しの「運」によって変わってくれる筈だ。
待ってろよ「僕の世界」
未来の「僕」へ、今の僕が送る精一杯の挨拶を。
「こんにちは、世界」
「ハロー、ワールド」




