「misery」と「遠い太鼓」の間にある「若者の全て」とあの鐘
次の日は何となく「ズル休み」をして、また「ぼろ橋」にいっちゃった。
真夏のピーク真っ盛りのさなか、午前中は一人で泳いだりして楽しかったけど、いつの間にか岩の上でウトウトしてたみたいだ。
「悲しいと言うならば空の青ささえも、届かないもどかしさに君は泣くんだろう。」
「君の小さな胸を包んでる夢は、痛みを飲み込み、鮮やかになる。」
そんな歌を思い出しながら目が覚めた。
緩やかに通り過ぎて行く風が、今は何だか気持ちよくて、僕は起き上がり前を見る。
そこにはいつも通り、ちょっと向こうの方には「ぼろ橋」があった。
近くにあっても、実は果てしなく遠い。
物理的にそこに行くには、川から上がって、獣道をかき分けてかき分けて、何があるか分からない道を進んて行かないといけない。
途中でヘビに噛まれても、足が木の根っこに刺さっても、ささくれだった枝を掻き分けて、両手両足がボロボロになるかもしれない。
そんな事を思っていると、川の音と風の音とは別の音が聞こえてくる。
ああ、今日は小学校の運動会の練習だったな。
僕はズル休みして、両親の仕事の合間に来たんだっけ。
応援団の鳴らす、バラバラの太鼓の音が遠くから聞こえる。
「ドンドンドンドン」
全く。
こっちは一昨日の試合の悲惨さを忘れようって。
なんとなく川に足元を浸してみる。
ヒンヤリとした感覚とは別に、昨日の試合の熱量が脳裏に蘇ってくる。
「取り戻した」のは熱量なのか、夢で散々見た、僕の未来のどこか覚めた自分なのか、或いは、これから向かっていく自分だったのか。
分からなくなる。
「ドンドンドン!」
また太鼓の音がけたたましい。
うるさいなあ。
「遠い太鼓」
ヨーロッパ生活を描いた某小説家じゃないけれど(僕の短い人生経験の中で、そんな事を思う事自体が厚かましいと言われたら、実にその通りです。と謝るしかないんだけど。)
あーあ。
もう帰ろう。
帰って大人しくしてた風にしよう。
もうすぐチャイムがなるかもしれない。
マイルズ・デイヴィスがジャズにしてしまった「あの音色」が。




