表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

こちら転生管理局・1

2025年2月5日。


ブラック企業を退職したあたしは、この日ようやく再就職への第一歩を

踏み出していた。何でもいいから、とにかくまともに働きたいと願い。


その願いは呆気なく叶った。



叶ったんだけど…!

もう二度と働きたくない。

部屋の隅に置かれている観葉植物のように、静かに生きて終わりたい。


あたしは確かに、本気でそんな事を考えていた。ほんの数週間前まで。

やっぱりあの頃は、冗談抜きに疲れ果てていたんだろうな。

今思えば前職の職場、まぎれもなく真っ黒のブラック企業だったし。

働きたくないわけじゃないんだよ。断じてそうじゃないんだよあたし。

そんな当たり前を、ほんの少しの間休んだだけでちゃんと思い出した。

無職という現状に対する危機感も、割とあっという間に取り戻せた。

どうやらあたし、割と手前の時点でブレーキをかけられていたらしい。


そんなわけで。


真面目に転職活動を開始する前に、あたしはちょっとツテを頼った。

仲のいい伯母さんに、何か心当たりないかと訊いてみたのである。

もちろん縁故採用を頼んだわけじゃない。紹介だけしてもらいたいと。

転職の荒波に単独で漕ぎ出す前に、出来る事はやろう…と思っただけ。

前の職場でしんどい経験をしたのは伯母さんも知ってるし、とりあえず

ダメモトで訊いてみたんだけど…


「ああうん、じゃあひとつ心当たりがあるから連絡してみるね」


呆気なく、そんな返事をもらった。何だか逆に恐縮しちゃったよ。

でも、頼んだのはあたしだ。それに伯母さんだって、まさかそれほど

変な職場を可愛い姪に紹介したりはしないだろう。そんな風に軽く考え

あたしはいそいそとその紹介された会社に面接に向かいました。


2025年の2月5日。



実に寒い日だった。


================================


その日の午前。


訪ねて行ったのは、辛うじて東京都と呼ばれているような辺鄙な街。

駅前はそれなりに栄えているけど、人はあんまり多くない。そして、

駅前を離れると途端に住宅街という典型的なベッドタウンだった。

駅から徒歩10分くらいの場所に、小さな自社ビルを持っている会社。

小さくても自社ビルだ。大したものだと素直に思う。…まあちょっと、

建物の外観は怪しくて貧相だけど。

とにかく行こう。聞いていた感じ、いきなりの最終面接って事らしい。

伯母さんの口利きなんだとすれば、これは感謝しかありませんよね。

今度ビールでも送ろう。いやまあ、採用されればの話だけど。


と言うわけで、いざ面接。

「TKK」という看板が目を引く、正面入口を開けて気合を入れ直す。



さあ、いろんな意味でやり直しだ。


================================


「あーハイハイいらっしゃい!」


愛想いい挨拶と共に出迎えてくれたのは、あたしよりも少し年上っぽい

美人さんだった。…美人なんだけど何か、見た目が色々と残念な感じ。

もっとオシャレな服を着たりしないのかな…と、失礼な事を考えたり。


「どうぞどうぞ、じゃ始めましょ」


え?

この人が面接するの?


「あっ、はいどうぞよろしく!」


軽くテンパってしまった。

もしかしてこの人が社長さんなの?…奥にいるあのおじさんじゃなく?

ってか、人少ないなぁこの会社!!見た感じ、4人しかいないじゃん!

自社ビル持ってるのに!?


押し寄せる不安を強引に押しやり、言われるまま談話スペースに移動。

やっぱり面接相手はこの人だけか。…社長は男性のはずなんだけどな。

人事担当ってほど大きな会社でも…


「丑三ツ智華さん、でしたよね」

「はい。よろしくお願いします。」


とりあえず、伯母の名前は出さずに話を進めよう。働くのは自分だし…


「宵子さんから色々聞いてますよ。可愛い姪っ子だからってね」

「うぇあ…その…はい」


そっちから振ってくるのね。じゃあもう仕方ない。開き直ります。


「恐縮です」

「いいのいいの。こっちとしても、全く知らない人よりいいしね」

「それはその…何よりです」


「柳橋淳子です。よろしくね!」

「あっ、はい丑三ツです。そのぅ…どうぞよろしく」



伯母さん。

この人、ちょっとやりにくいです。


================================


「一身上の都合で退職…ですか」


履歴書を見ながら発せられるそんな言葉に、やっぱり身構える。

いざ面接が始まれば、「柳橋さん」はいたって真面目な感じになった。

やっぱりそこは人事担当だよね。


何もできないわけじゃない。簿記の資格も取ってるし、計算は得意だ。

だけど前職の会社では、そういった技能を活かす機会すらもなかった。

退職理由を突っ込まれると…


「黒杉物産って、ヤバい名前ですねコレ。やっぱり厳しかった?」

「厳しかったです」


思わず即答してしまった。明らかにネタっぽい振りだったのに。

とは言え、「黒杉」という会社名は本当にシャレにならなかったのだ。

ストレスで潰れた後輩もいたし。


「正直だね」

「もう?はつきたくないので…」


評価通り、バカ正直に答えたよ。

伯母からどんな話を聞いたにせよ、あたしはもう無駄な嘘はつかないと

決めてるんです。ブラック企業から逃げ出したと言われればその通りと

潔く認める。全てはそれからです。


「正直なのはいいよね」


履歴書をそっとテーブルに戻して、柳橋さんは少し嬉しそうに笑った。

どうなんだろう、この感じは…


「ウチは見ての通り人少ないから。腹にため込むのは好ましくないの」

「大企業であってもそういう環境、個人的に大事と思うんですけどね」

「おお、率直だねえホント!」

「性分ですから」


何だか、さっきまでとは違う意味でかなり開き直れてきた気がする。

採用されるかは別として、今この場はちゃんと自分を出そうと思えた。


短い沈黙ののち。


「じゃ丑三ツさん、もうひとつだけ正直に教えてもらえますか」

「何でしょうか」

「あなたって、ボケかツッコミかで言えばどっち?」

「もうひとつだけがそれかい!!」


あっ

やっちゃった…


………………


やや長い沈黙ののち。


「なるほどツッコミなのね」

「…まあ、あの、はい」

「んじゃ、採用!」


………………



え?

マジで?


================================


?みたいだけど、即日採用だった。

何が決め手になったのか、サッパリ分かりません。まさか最後の質問が

そうだったとは考えたくない。いやツッコミ体質は嘘じゃないけどさ。


「…あの、ありがとうございます。じゃあ、いつから」

「とりあえず、コレ」

「はい?」


甲高い音と共にテーブルに置かれたのは、カエルらしきキーホルダーが

付いている家の鍵だった。…いや、何ですかこれ?


「えと、これは?」

「社宅の鍵」

「へ?」

「駅から徒歩2分の場所にあるよ。平屋だけど、けっこう広いから」


社宅?

いきなりですか?


「社有だからタダで住めるよ。まあ無理にとは言わないけ」

「ぜひお願いします!」

「そうこなくちゃ!」


うおぉぉぉぉぉ!

そんな近い場所に住めるの!?

電車通勤しなくていいの!!?

ここけっこう遠いから、助かる!!

しかも家賃なし!!?

この会社は修正液か何かですか!?


色々怪しいと思うところはあれど、今はもうそんなのどうでもいい。

前よりマシだと心底思うんだから、あとは頑張るだけじゃないか!!


「じゃ引っ越しとか何とか含めて、来週月曜から勤務って事でいい?」

「よろしくお願いします!!」


直立の90度で頭を下げて答えた。柳橋さんは笑っていた。

大声出したせいでちょっと他の人に注目されたので、そっちに対しても

きっかりと頭を下げておいた。


何はともあれ、再就職だ。



さあ、まずは引っ越しだ!!


================================


翌週の月曜日。


いよいよ今日から出社である。

割とアバウトな感じだったけれど、まずはビシッとスーツを着て臨む。


ちなみに社宅、ホントに広かった。しかも収納が多い。前のアパートに

あった荷物、ほぼ全て入りました。こんな楽な引っ越しがあったとは…

まあ、雑多な環境をほぼそのまんま持ち込んでしまった感はあるけど。

心機一転は職場からだ。いざ!


「よろしくお願いします!」

「はあい、ようこそ」

「初めまして」

「どうぞよろしく」

「よろしく」


……


あっさりしてるなあ、ホントに。

人が少ないから当然なんだけどさ。

歓迎されてるかどうかかなり不安。まあ、その辺はこれからだよね。


社員はやっぱり4人だけだった。


まずは、面接を担当した柳橋さん。

そして、おじさん社長の辻本さん。

ちょっと線の細い青年の玉見さん。

そしてゴツイ中年男性、剛守さん。


…いや、何だこの偏った男女比は。あたしが男だったら、採用されたか

かなり怪しい。この中で、もっとも存在感が強大なのが柳橋さんだ。

…うーん、実に不思議な構成です。これって、柳橋さん以外とはあまり

喋らない展開になりそうな気が…


まあいいや。

最初から何もかも上手くいくなんて考えは、さすがに甘すぎるしね。


「とりあえず、今週は研修ね」

「よろしく!」

「いい返事。じゃこっちの部屋に」


あれ、別室なんだ。

研修って何するんだろ。とにかく、今は今なりのベストを尽くすまで。

伯母さんの顔を潰さないためにも、ここは気合を見せないと。


さあ、ドンとこい研修!


================================

================================


3日目。


早くもあたしは、ある意味で限界を迎えようとしていた。と言っても、

仕事がキツイとかじゃない。いや、むしろほぼその逆だ。この3日間、

仕事らしい仕事をしてない。ってか研修というのも、限りなく怪しい。


何をしていたかって?

要するに、本読んで感想文を書く。それだけ。独りでやってる様子は、

客観的に見れば閑職そのものだよ。…何でいきなりこんな事を?


「嫌がらせでも飼い殺しでもない。それは断言するから気にしないで。

立派な研修だからね!」


最初の日のお昼休みに、柳橋さんにはっきりそう言われていた。なら、

まずは言われたとおりにするだけ。その時はそう割り切っていた。


だけど。

読めと言われたのはビジネス書とか経営の専門書とかじゃなかった。

いわゆるライトノベルだ。しかも、明らかに投稿サイトに発表されて

出版に至った系。控え目に言って、どれを読んでも印象が変わらない。

そして何となく分かる。これ多分、完結しないまま放置されてるなと。


…これを読んで感想文を書くのが、どうして新人研修になるんだろう。

どうせ読むなら、もっと読み応えのある小説がいい。感想と言っても、

「どの話も同じです」なんて絶対に書けないし、地味に困るんだよ。



いつまで続くんだろう、この苦行。


================================

================================


そうして、1週間を乗り切った。


合間合間に、他の人たちとも挨拶を交わせるようになっていた。別に、

読書部屋に軟禁されてるって訳じゃないからね。コミュニケーションは

取るに越した事はない。玉見さんは話すと結構気さくだし。…だけど、

今あたしがやってる研修に関しては話題にならない。あたしとしても、

うかつにあれこれ言えない。ここでヘタを打って採用取り消しなんて、

笑い話にもならないから。


「ま、大丈夫ですよ。」


信用できる根拠は何にもないけど、その言葉を信じるしかなかった。

とりあえず真面目に読んで感想文も書いたけど、果たしてあんなので

良かったのだろうか。柳橋さんは、毎日笑顔で受取ってくれてたけど…


どっちにしても1週間経ったんだ。

試用期間だったのなら、もう結論が出てもおかしくない。って言うか、

どっちでもいいから出して欲しい。過労より不安がキツイ時もある。

あたしは…


「はぁい、お疲れ丑三ツちゃん!」

「あ、はい。お疲れさまです…」


その日の夕方。

悶々としていたあたしの読書室に、テンション高く柳橋さんが来た。

ポーカーフェイスの苦手なあたしにとって、難しいシチュエーション。

どんな風に現状を確認すれば…


「うんうん、言いたい事は全部顔に書いてある感じだねぇ」

「……………」


見透かされてる。

自分なりに真面目にやってたつもりだけど、じゃあどんな判定が…


「腐らず真面目に読み込んでくれたみたいで、嬉しい限りよ」

「腐る想定もあったんですか」

「まあね。何と言ってもジャンルがジャンルだし」

「まあね、って…」

「はいはいふて腐れないで!」


相変わらず圧の強い笑顔であたしにそう告げると、柳橋さんは勢いよく

パンと手を叩いた。


「じゃ、いよいよメインのお仕事に参加してもらいましょうか!」

「へ?…今からですか?」

「そう、まさに今から」


…もうすぐ終業時刻のはずだけど、今から何をする気なんだろうか。

そういえば歓迎会とか、まだだった気もするんだけど…


「じゃ、着替えてきて」

「へ?」

「ロッカールームにあるから。で、正面玄関に集合ね」

「あの…はい」


着替えて何をするんだ?

しかもこの時間から…



サッパリわからん!


================================


それから数分後。


「うん、似合う似合う!」

「どうも…」


正面玄関に出た時には、柳橋さんもあたしと同じ服に着替えていた。

まさかのツナギ。会社のマークも、ばっちりプリントされております。

いや、この格好で何をするの?


「何をすると思う?」

「シロアリ駆除とかですか?」

「あー近いかも」

「えっ、ホントに!?」

「ほぼ嘘」

「?なんかい!」

「いいねえそのツッコミ」


おちょくられてるとしか思えない。だけど、手が込み過ぎてるよね。

と、その直後。


「あれ?」


ガラガラとガレージが開き、中から一台の白いトラックが出てきた。

こっちには会社マークはないけど、社用車なんだろう。だけどどうして

トラックなんだろうか…


「あ、玉見さん」

「お疲れさまです!」


運転しているのは玉見さんだった。ツナギ姿のあたしを見て、前までと

明らかに違うテンションで答える。何と言うか、ちょっと嬉しそうな?


「じゃあ、乗って下さい」

「あっ、はい…」


って、これ二人乗りですよね?

あたしが助手席に乗ると、柳橋さんはどこに乗る事になるのだろうか。


「こっちだよ丑三ツちゃん」

「えっ!?」


柳橋さんがちょいちょいと手招きをしたのは、まさかの荷台の入口。

ええー…そこに乗って運ばれるの、何だか派遣の闇を感じるんですが…


「ホラ早く!」

「あ、はい」


とは言え、柳橋さんも乗るらしい。だったら文句を言う筋合いはない。

覚悟を決めてそそくさと乗り込む。…正直言うと、ほんのちょっとだけ

ワクワクしている自分がいる。まあ子供っぽいこと。


予想に反し、荷台内は明るかった。ちゃんと椅子もテーブルもある。

そして、あたしと同じツナギを着た剛守さんがすでに乗っていた。


「お疲れさまです」

「あっ、はい。よろしく…」


寡黙な人だけど、やっぱり前よりは口調が明るい気がする。要するに、

これに参加するまでは正社員として見ないようにしてた…って事かも?

だとしたら、もう開き直ろう。今は何をするかを見極めるだけだ。


「じゃ座って」

「はい」

「いいよー、出して玉見くん!」

「了解ー!」


軽めの言葉が交わされ、トラックはゆっくりと走り出していた。


================================


窓がないから、どこを走ってるのか見当がつかない。速度はさほどでも

ないから、まだ近場だろうけど…


「そろそろ行きます」

「分かった。じゃあ丑三ツちゃん」


玉見さんの言葉に答え、柳橋さんがあたしに向き直った。…何ですか?


「ちょおっと変な感じになるけど、一瞬だから気にしないでね」

「は…え…ええっ!?」


ギュイン!!


何か問う間もなく、荷台内の空間に一瞬だけ「歪み」が走り抜けた。

そうとしか形容しようがないけど、特に痛みや不快感などはなかった。


…いや、何ですか今の?


「次元跳躍」

「へ?」

「まあ、降りてから説明するから」

「え…あの…はい」


そういわれたら黙るしかないよね。剛守さんもノーリアクションだし。

ほどなくトラックは停車した。


================================


「………………?」


降りた場所は、駅からも近い公園の前だった。通勤路でもあるから、

もちろん見覚えもある。…だけど、何だか形容し難い違和感があった。

そんなあたしを、柳橋さんが黙って見ている。剛守さんは知らん顔。

しばしの沈黙ののち。


「あっ」


あたしは、ようやく違和感の正体に気付いた。


「どうかした?」

「駅の向こうのビルの並び、いつも見てるのと反対になってる気が…」

「おお、なかなかの観察眼だね」

「え、合ってるんですか?」

「そう!」


いや「そう!」じゃなくて。

どうしてそんなマイナーチェンジが起こっているのだろうか?


「どういう事ですか」

「丑三ツちゃん、可能性の分岐って言って意味分かる?」

「え?…ええ、まあ」

「ざっくり言ってみて」

「今ある世界からどんどん分岐した並行世界…みたいな感じですか?」

「そう、まさにその通りッ!」


変なポーズを取りつつ、柳橋さんが嬉しそうにそう言い放った。

え、それで正解なの?って事は……え!?


「まさか今いるここって、隣り合う並行世界だったりするんですか?」

「隣ってほど近くないけど、見ての通りよく似た世界よ」

「ええー!?」


じゃあさっきのあの歪み、ホントに世界を跳び越える瞬間だったの!?

ってか、どうしてそんな事が!?


「そろそろですよ」

「あ、うん。じゃ準備しようか」


運転席の玉見さんからの呼びかけに応じ、柳橋さんが大きく頷いた。


「細かい説明は後でするから、まず丑三ツちゃんはしっかり見てて」

「な、何をですか?」

「すぐ分かるよ。剛守くん!」

「はい」

「じゃあ、よろしくね」

「はい」


次の瞬間。


シュイン!!


「!!??」


大柄な剛守さんの体が一瞬で縮み、あっという間に足元に収束する。

その姿は紛れもなく、白猫だった。


「よし。それじゃあ丑三ツちゃん、こっち来て」


何ひとつとして理解が追いつかないあたしは、柳橋さんに手を曳かれて

公園の植え込みに身を潜める。と、ほどなくトラックが動き出した。

ゆっくりと遠ざかり、やがて路地を回り込んで戻ってくるらしい。


「剛守くん、準備は?」

『いつでも行けます』

「ターゲットが見えたらスタート。気をつけてね。玉見くん、どう?」

『視界良好。いつでもどうぞー』

「じゃ、2分後でよろしく」


「ちょっ、柳橋さん!」

「ん?」

「な、何をするつもりですか!?」

「何だと思う?」

「えっ」

「今のあなたなら、何となく推測は出来るんじゃないかと思うけど」

「………」


ええ、おっしゃる通りです。

他ならぬ今なら。

一週間、ひたすら読み込んでいた。そんな今のあたしなら想像できる。

この後の展開って…


『来ました』



剛守さんのひと言が、合図だった。


================================


ライトを照らして迫るトラック。

横断歩道に飛び出してくる白猫。


そして。

通りの反対側から駆けてきたのは、いかにもな感じのサラリーマンだ。

もう間に合いそうにないタイミングなのに、そのまま突っ込んでくる。

あまりに予想通り過ぎる展開を目にしながら、あたしは硬直していた。


数秒後。


ドォン!!


鈍い衝突音が響いた。

ついさっきまで荷台に乗っていた、あの白いトラックが。

ネコを助けようとしたサラリーマン男性を、容赦なく跳ね飛ばした。

剛守さん…じゃなくて白猫は、さも当然というように衝突を回避した。

そして、勢いよく宙を舞った体は…



光の粒子となって、一瞬で消えた。


================================


沈黙も静寂も、ごくごく短かった。


「戻りました」


のっそりと戻ってきたのは、ほんの数秒前まで白猫だった剛守さんだ。

やがてトラックも元の位置に戻る。時間にしてわずか2分ほどだった。

あたしは、ただ黙って見ていた。


信じ難いけど。

嫌になるくらい理解できてしまう、目の前の不条理を。


「さて、丑三ツちゃん」

「…何でしょうか」

「さっきの玉見君が撥ねたあの男、どこに行ったと思う?」

「どこに、って…」

「大体分かるよね?」

「ええ、まあ」


ちくしょうめが。

分かっちゃうよ。

1週間の社員研修は伊達じゃない。真面目にやってましたから。

30冊近く読んでますからあたし!


「まずは転生特典をもらうために、女神のところへ送られた…とか?」

「ほらほら!あたしの言った通り!でしょ剛守君!?」

「そうですね。」

「じゃああたしの勝ち。帰ったら、一杯おごってよ?」

「了解です」


あ、賭け事までしてたのね。まあ、予想の範囲内ですけどね。

一周回って、もういちいち驚いたりしなくなってる自分が怖いよ。


「つまり、正解なんですか」

「そう。まさしく転生の女神様が、これから彼に会うって展開よ」


嬉しそうに言った柳橋さんは、再びあたしを荷台の入口で手招きする。


「ささ、乗って早く!」

「…帰るんですか?」

「違う違う、あなたが言った通りの場所に行くの!」

「へ?」

「仕事を請け負った以上、まだまだ終わりじゃないからね!」


え?

つまりその…

転生の女神さまのところに行くの?


トラックで?


「行きましょう」


あくまで同じトーンの剛守さんが、圧の強いひと言であたしを促す。

ええー…

行くってまさか、天界とかですか?

あの手の小説って、女神の居場所はふわっとしてるからなぁ…

まさかそのまま昇天とかないよね?ないよね!?


「じゃあ出発!」


トラックは動き出した。

動き出しちゃったよ。


……………………………


あたしの再就職、どうなってんの?


================================

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ