⑨
4月になり、私はタイちゃんと同じ中学校に通い始めた。同じ小学校から進学する生徒は半数程度いたけど、残りは別の小学校から進学する生徒だったので、入学式の時、同学年の生徒や、上級生からの視線を感じた。
「あれが森野姉妹の妹?マジで美人」
「あの家のDNA強すぎじゃない?」
「でも、森野姉とは雰囲気ちがくない?」
「キレイだけど、なんか雰囲気暗いよね」
「森野姉が陽だとしたら、森野妹は陰って感じ」
「でも彼氏いるんだろ?ほら柔道の田辺」
「マジで美女と野獣過ぎる」
噂話には慣れていたが、小学校の時よりも生徒数が多いので、聞こえる声も大きく、少しうんざりした。クラスに入ると、みんなが遠巻きにこちらを見ていた。興味を持たれているのだろうけど、私は誰とも距離を近づける気はなかった。
入学式から2ヶ月ほど経つと、クラス内のグループはほぼ出来上がっていた。私はどこにも属さず、安定のぼっちだった。挨拶は会釈のみで、クラスメイトから話しかけられても、必要最低限しか話さず、会話を盛り上げる努力もしないので、近づかないでほしいオーラを出しているつもりだった。私はもう、誰かに攻撃されるくらいなら、一人きりでいたかった。
もちろん部活にも入らなかった。人間関係で揉めるかもしれないコミュニティに所属するのはなるべく避けたかったからだ。私には自分の家族、田辺家の3人がいたら充分だった。
「由梨、帰ろう。」
放課後、人がまばらな教室で本を読んでいると、タイちゃんが迎えに来てくれた。最初は別々に帰っていたが、入学してすぐ、私が帰宅途中で他校の生徒に、つきまとわれたことがあり、タイちゃんに相談したら、一緒に登下校することを提案してくれたのだ。
2人で校内を歩いていると、人々の視線を感じる。タイちゃんと仲の良い3年生の男子生徒からは「由梨ちゃん、バイバイ。」と、冷やかすように声を掛けられていた。無視するのは良くないと思い、とりあえず会釈だけはしていた。
タイちゃんは私とのことを周囲に冷やかされても、陰で美女と野獣カップルと言われても、言い返したり、怒ることはなく、周囲を気にせずに常に堂々としていた。私は、周囲に振り回されないタイちゃんの姿をまぶしく感じていた。私の生活の平穏は、タイちゃんのおかげで守られていたのだ。
「由梨、中学生になってから、ほぼずっと太一郎と一緒にいない?」
この春から高校生になった姉に言われた。姉は高校までバス通学をしており、家を出る時間が早く、帰宅時間は遅い。私とタイちゃんが一緒に登下校している姿をバスからよく見るらしい。
「前に、変な人につきまとわれたから、タイちゃんが、一緒に行動しようって言ってくれて。」
「はあー、これは彼氏のフリって言うより、護衛だね。SPみたい。給料出してあげたら?」
姉に言われて少しムッとした。
「じゃあお姉ちゃんは、どうしてるの?変な人につきまとわれることあるでしょ?」
「私は、まず自衛する。防犯ブザーに、防犯スプレー。痴漢対策に安全ピン。そして何かあればすぐに大声を出す。付け入る隙は与えない。困った時は人に頼るけど、彼氏だけじゃなく、友達もたくさんいるから1人に頼り切ったりはしない。」
ぐうの音も出ないほど完璧な対策だった。
姉は美人であり、美人として生きることを楽しみ、美人であることで起こる弊害にも柔軟に対応している。きっとこういう人が美人であるべきなのだ。
美人であることを苦々しく思っている私とは全然違う。私が言い返せない様子を見て、お姉ちゃんはため息をついた。
「まあ、私と由梨じゃ、性格が真逆だから、同じようにしろって言うのも無理な話だろうけどね。前にも言ったけど、あくまで彼氏のフリなんでしょ?いつか太一郎と一緒にいられなくなる日が来るかもしれないんでしょ?」
姉に言われて私はまた黙り込んでしまった。
数日後、仕事で家を空けることが難しい田辺夫妻の代わりに、私とお姉ちゃんの2人でたいちゃんの柔道の県大会を観に行った。タイちゃんはT県では向かうところ敵なしなので、あっという間に優勝してしまった。
「ここまで圧勝しちゃうと、応援しがいがないなぁ。」
お姉ちゃんは少しつまらなそうに言った。
「タイちゃんが毎日頑張って練習してるからだよ。そんな言い方しないで。」私が諫めると
「はいはい、彼女様の言う通りですね。」姉はニヤニヤしながら言った。
試合が終わった、タイちゃんを観客席から見ていると、1人の女の子がタイちゃんに話しかけていた。同じく道着を来ているので、女子の参加選手なのだろう。彼女はちらっと私たちの方を見ると、再び話し始めた。そして、タイちゃんは彼女と親しげに話していた。
私は胸の中がザラつく感覚を覚えた。そんな私の様子を見たお姉ちゃんは、
「前にも言ったでしょう?太一郎って意外とモテるんだよ。私達の町では、由梨が彼女なのが有名すぎるから、変なちょっかい出す人もいないけどね。」私の耳元でささやいた。私はきっと眉間に皺が寄っていた。
タイちゃんの元に向かっていると、男の人3人組から話しかけられた。細身で、柔道部員には見えない。おそらく運営を手伝っているボランティアの学生のようだった。
「お姉さん達、どこの高校?すごいキレイだと思って、話しかけちゃいました。俺たちT県立附属高校の3年生なんだけど。」
明らかなナンパだった。私は思わず目を伏せたが、お姉ちゃんは堂々としていた。
「うーん、個人情報だから教えるのはちょっとなあ。それと、この子私の妹で、背が高いから大人っぽく見えるけど、まだ中学1年生。12歳。さすがにまずいんじゃないかな?」
私は中学生になって身長が160cmまで伸びたため、初めて会う人には、高校生以上に勘違いされることが多かった。私の年齢を聞いた3人組は驚いていた。
「え??12歳??嘘でしょ?」
明らかに狼狽えている彼らを前にしてお姉ちゃんはニヤニヤしながら続けた。
「あと、この子の彼氏、さっき優勝してた田辺太一郎だから。変なことしたら、吹っ飛ばされちゃうかもよ。」
お姉ちゃんの言葉を聞いた彼らは、足早にその場を立ち去って行った。
「…お姉ちゃん。なんか楽しんでない?」
私が恨めしそうに睨むと、
「いいじゃん。人生は楽しまなきゃ損だよ。」
お姉ちゃんはそう言って、颯爽と歩き出した。
タイちゃんは優勝トロフィーを持って、コーチと話していた。話が終わると、こちらに歩いてきてくれた。
「由梨、真由ちゃん、今日はありがとう。おかげで優勝できました。」
タイちゃんはそう言って、トロフィーを見せてくれた。
「いやー、圧勝だったね。もう中学生では向かうところ、敵無しなんじゃない?」お姉ちゃんがトロフィーを指さしながら言うと、
「さすがにそんな甘くないよ。全国大会まで行くと、俺ぐらいの体格のヤツもいるし。俺より身体が小さくても、技の出し方が上手いヤツもいるし。」
タイちゃんは冷静に答えた。彼は去年、全国大会でベスト16だった。今年はさらに良い成績を残すため、コーチの指導にも熱が入っているという話だった。
毎日放課後、クラブで夜遅くまで練習し、立派な成績を残しているタイちゃんに比べ、家と学校の往復だけをして、忙しい彼に護衛もどきの真似をさせている自分が恥ずかしくなった。私が俯いていると、
「由梨、どうした?何かあった?」
タイちゃんが心配して声を掛けてくれた。
「いや、なんでもなくて…。」私がそう言うと
「さっきナンパされちゃったの。付属校?の3年生に。まぁ、由梨がまだ12歳で、彼氏が太一郎だって言ったら、逃げていったけどね。」
タイちゃんは少し怖い顔になった。そしてすぐ私を見て優しい顔になった。
「由梨?怖かっただろ。着替えたら、すぐ戻るから待ってて。」
そう言うと走ってロッカー室に向かった。
「いやー、過保護ねー。まだ私ここにいるんですけど。目に入ってる?」
お姉ちゃんは呆れたように笑っていた。




