⑥
「やばいやばいやばい!」
ポップコーンが、ポンポンとを音を立てながら、とんでもない勢いで弾け続けていた。できあがって1個辺りの体積が増したポップコーンにより鍋の蓋が持ち上がり、このままでは蓋と鍋の隙間からポップコーンが周囲にまき散らかされる。
「大丈夫ですか?」
由梨さんは私の声とポップコーンの弾ける音に驚いて、そばまでやって来た。いつも、由梨さんに食事を作ってもらってばかりで申し訳ないという理由で、ポップコーン作りは私がやることにしたのだが、欲張ってポップコーンの種を入れすぎてしまい、想定よりもかなり多い量のポップコーンが作られ続けていた。
「ポップコーン用のフレーバーを何個か買ってきてて、色々試したかったので、多めに作ろうと思いましたが、気合い入れすぎました。種が多かったです。」
火を止めて、ポップコーンの弾ける音が止まった頃、慎重に蓋を開け、できたポップコーンをボウルに移した。しかし、ボウルに移している途中で、余熱で温められたポップコーンの種がたまに弾けるので、由梨さんと一緒に声を上げながら驚いた。私は時限爆弾を解除しているような感覚になった。その後、同じ工程をもう一度経て、ボウル3個分のポップコーンが完成した。
「欲張っちゃダメですね…余熱で弾けるポップコーンに驚くたびに、己の欲深さを諫められている気分でした。」
キャラメル味と、バター醤油味、ガーリックシュリンプ味のポップコーンを前にして私は反省の弁を述べた。
「びっくりしましたね…。私、生まれて初めて、種からポップコーンを作りましたけど。あの量の種からこんなに体積増えるんですね。」
由梨さんは目の前のポップコーンの山を前にしてまじまじと言った。
今日は以前約束したとおり、千と千尋の神隠しと風立ちぬのBlu-rayを一緒に観ることにしていた。映画を観るならポップコーンが必要だということで、私はポップコーン作りに勤しんだのだった。ドタバタだったが。
「久しぶりに見るジブリ映画。楽しみです。」
私はそう言うと、Blu-rayをセットして再生ボタンを押した。
千と千尋の神隠しを見始めると125分はあっという間に過ぎた。途中、ポップコーンを食べる手が止まるほど、夢中で見てしまった。
「…面白かったですね…。久しぶりに観ましたけど、こんな感じの作品だったんだ…。やっぱり子供の頃観た映画を大人になってから観ると、見え方が違う気がします。」私は思わず、腕を組んで唸っていた。
「本当ですね…、なんか私の中の記憶って断片的なものだったんだって思わされました。印象的なシーンだけ覚えているみたいな…。」
由梨さんは何度も頷いていた。
「これは、アカデミー賞取るよなあ…。すごかった。映像もきれいだし、話の展開も、起承転結がしっかりあるし、頼りなかった千尋が成長していく姿が表現されている…。このすごさをもっと上手く言語化できるようになりたいです。…私は風立ちぬが一番好きですが、正直、千と千尋の神隠しを観た後だと、かなり分が悪いので、心して生温かい目で見てください。」
私は続けて風立ちぬのBlu-rayを再生した。私は初めて映画館で風立ちぬを観たときに、号泣してしまい、映画館から出たあと、別のお店に行ってからも泣き続けて、一緒に行った友人に本気で心配されたのだが、久しぶりに観ても、また同じくらい泣いてしまった。しかし隣を観ると、由梨さんは途中で寝てしまっていた。20分ほどして目を覚ました由梨さんは、少しばつが悪そうだった。
「やっぱり、私は好きなんですよね、風立ちぬ。中だるみしているという意見も分かるんですけど、それも含めて。…ちょっと眠かったですか?」
エンドロールが流れたあと、由梨さんに話しかけると、
「すみません…雪の中で列車に乗っていた辺りで、眠気に負けてしまいました…。」由梨さんは気まずそうに下を向いた。
「仕方ないと思います。私が映画館に友達と観に行ったとき、その子も途中寝てましたもん。それで、目が覚めたら横で私が号泣していて、めちゃくちゃ驚かれました。」私はフォローするように言った。
「私が、なんでこんなに風立ちぬが好きなのか考えてみたんですけど、戦争の直接的な描写とか、主人公が作った零戦で、たくさんの人が亡くなったこととかを描かずに、あくまで観客の想像に任せている感じも好きなんですよね。たぶん、そこら辺のエピソードとかで、いくらでも観客の感情を揺さぶるような表現ってできそうですけど、あくまで淡々と、美しい飛行機を作りたいという理想に突き進む姿を見せている感じが良いなあと。あと単純に堀越二郎のキャラクターが好きです。あくまで仕事が第一ですけど、菜穂子のことはとても大事にしているのが伝わってくるのが…。学生時代に友達と、ジブリの男性キャラクターだったら誰が好きか話してましたけど、圧倒的に堀越二郎派でした。私以外、誰もいなかったですけど。」
「それ、面白いですね。誰が人気でした?」
「うーん。もののけ姫のアシタカと、耳を澄ませばの天沢聖司が2大巨頭だった気がします。千と千尋の神隠しのハクを挙げる子も結構いましたけど。」
「聖司君が人気なんですね…。」
由梨さんはそう言うと少しだけ考え込むような表情をしていた。
「意外でしたか?まあ、ストーカーじゃんっていう意見もありましたし、私も、気を引くためとはいえ、嫌味なことを言うタイプ嫌いなんで、個人的には、全く、心惹かれませんでしたが。」
由梨さんは、何か言いたいことがあるような、複雑そうな表情をしていた。
「何か…聖司君について思うところがあるんですか?」
私がそう聞くと、由梨さんは一呼吸置いてから、意を決したように口を開いた。
「あの…嫌味とか、自慢に感じさせてしまったら、本当に申し訳ないんですけど…。なんというか…昔、聖司君みたいに距離を近づけようとしてきた人がいて…ちょっとトラウマで…。」
「なんと…。どんな人だったんですか?」
「私が…小学校で図書委員をやっていたときに、私が図書室で委員の仕事をしてると、いつも来る隣のクラスの男の子がいて、そこで話しかけられるんです。それで、本について質問されるんですけど、私が読んでない本のことだと、答えられなくて。そうすると、そんなことも知らないんだって、ちょっと意地悪なことを言ってくるんです。そのうち、私が担当じゃない日は、図書室に行かずに、クラスにいる私わざわざ廊下に呼び出して、本を返されたりして。周りの男子からは冷やかされるし、彼、足が速くて、かっこ良くて、人気者だったので、女子達からは、私が彼に気に入られているから調子に乗ってるって言われて…。すごい嫌だったんです。でも、私、気が弱くて、はっきり嫌だって言うこともできなくて…。結局、私が、図書委員を辞めて、彼に会わないように避けたら落ち着いたんですけど…。だから、聖司君のことをみてると、その当時を思い出して、ちょっとしんどい気持ちになるんですよね…。」
由梨さんは暗い表情をしていた。彼女はこれまで、その容姿ゆえに、本人の望まない注目や好意はもちろん、悪意も浴びてきたんだろう。
「それは大変でしたね。…たとえ、彼が人気者でイケメンだったとしても、由梨さんにその気がないなら、雑魚モテだと思います。」
私が言うと、由梨さんはキョトンとしていた。
「雑魚モテ…?なんですか、それ?」
由梨さんの頭の上に、たくさんのハテナが浮かんでいるのが見えた。
「私が作った言葉です。もしかしたらもう既に存在している表現かもしれませんが。狭い定義としては、誰も好意を持たなそうな、モテなさそうな人にモテてしまう事象です。でも、よく、恋愛において、好きな人に好きになってもらわないと意味がないっていうじゃないですか?なので、広くは、たとえイケメンだったり、人気者であっても、自分が好意を持っていない相手、持たないだろうと思う相手にモテてしまうこと、と私は定義しています。勝手なイメージで申し訳ないですが、由梨さんってこれだけ…人目を引く容姿なので、めちゃくちゃ雑魚モテしてきてそうだなと思ってました。きっと、しんどい思いもたくさんしてきたんだろうなって。」
私がそう言うと、由梨さんは長い息を吐いて、机に突っ伏した。
「すみません、変なこと言いましたよね。」
私が慌てて謝ると。
「いいえ…モテることが困ることっていう認識を伝えても許されるのが、なんというか新鮮で….嬉しいです。」
由梨さんはそう言って、顔を上げた。今までどことなく由梨さんから感じていた、警戒心が取れたような、リラックスした表情をしていた。
「全然良いと思いますよ。周りからみて羨ましい状況だとしても、本人が困ってたら、困ってるでいいんですよ。それに、例え褒め言葉だとしても、自分の容姿に言及されるのって、良い気持ちしなくないですか?他人の評価軸で勝手に判断するのって、心の中で思うのは自由ですけど、それを本人にぶつけるのは、普通に、失礼だと思いますけどね。」
私が言う言葉を、由梨さんは噛みしめるように聞いていた。
「ありがとうございます。…私…もっと早く円香ちゃんに出会いたかったな。昔は…今もですけど…自分の容姿で悩むことが多かったから…。贅沢な悩みとか、嫌味だと思われせたら申し訳ないんですけど…美人に生まれたくなかった。私は注目されることも苦手だし、特技もないし、面白みのない人間なんです。それなのに、目立たず生きていきたいのに、見た目のせいで、いろんな人にみられて、こんな人なんだろうって想像されて、その想像と違ったらがっかりされて…私のことは放っておいて欲しいってずっと思ってました。
本当はずっと友達が欲しかったんです。でも、男子と話すとすぐに好きになられちゃうし、モテたいわけじゃないのに、モテるから、女の子からも距離を取られてばかりで…。…途中から諦めてました。だから、円香ちゃんに友達になろうって言われたとき、本当に嬉しかった。」
気付いたら由梨さんの目は潤んでいた。そして私を見つめた。
「友達になってくれてありがとう。」
由梨さんは目に涙を溜ながら笑った。
「ありがとうございます。由梨さん。こちらこそです。私も由梨さんと仲良くなれて嬉しいです。由梨さんは自分のことを面白みもない人間ってさっき言いましたけど、私はそんなことないと思いますよ。」
そう言うと由梨さんは少し驚いた表情をしていた。
「由梨さん、私も含め、他人から、自分の発言を悪い方向に解釈されないために、いつもすごい予防線を張って話をするじゃないですか、嫌味に取られたら申し訳ないとか、話す前に必ず添えたり。でもそれを取っ払った素直な感想を言う由梨さんは、けっこう率直な意見を言っていて面白いです。若干の毒舌感も感じていて私は楽しいですけどね。」私が言うと
「…予防線を張るのはクセですね…。今まで発言を悪く受け取られて、誤解されることがすごいあったので、そこには気を遣っていると思います。」
由梨さんは納得したように頷いていた。
「私、美人の生存戦略って、大きく3パターンに分かれると常々思っているんですけど…考察して良いですか?」私が言うと、由梨さんは目を丸くしていた。
「生存戦略…聞きたいです。」
「①非の打ち所がない高嶺の花になる、②変な人になる、③己の欲望に忠実に生きる、の3つです。
まず①ですが、いつも笑顔で誰にでも優しい非の打ち所がない人になりきることで、周囲の人間の期待に応えて、味方を増やします。そうすれば自分にトラブルが降りかかってきたときに、一目置いてもらって増やしておいた味方が助けてくれますから。まぁ、一部にはそういう姿勢に対して、良い子ぶってるとか、うさんくさいとか、批判的な意見を言う人もいますが、そういう人たちはおそらく少数派なので、気にしなくて良いと思います。ただ、そんな正しさを求められる生き方をするのは、大変労力がかかって、しんどいと思うので、素の自分をさらけ出せる、信頼できる人が身近にいないと厳しそうではありますけどね。
次に②ですが、前提として、美人が女性の集団内で生じるトラブルって、結局のところ、相手から敵認定されることで、起こると思うんです。その敵認定を避けるための戦略が②です。周囲から天然とか、不思議ちゃんとか、変な人だと思われることで、自分と同じ土俵に上がる人間では無いと思わせるというメリットがあります。良い言葉ではないと思いますが、残念美人とか、無駄に美人とか言われるタイプのことだと思います。デメリットとしては、ピエロを演じることになるので、失礼なことを言って舐めた態度を取ってくる人間が増えそうなことですかね。あと結局これも演じていない自分を見せることができる人がいないとしんどいかと思います。
そして、一番茨の道かもしれませんが、①②と違って、自分を偽らないで良いという最大のメリットがあるのは③です。結局わがままでも美人なら許されるというのは事実だと思うので。ただ、これは、めちゃくちゃ敵を作りやすいですけどね。でも、そういう女王様みたいなキャラクターだと認識してもらった方が、周囲との関係性も作りやすいのではないかと思います。○○ちゃんはそういうキャラだもんね、みたいな。
いかがでしょう?」
一通り持論を話して満足した私は由梨さんをみた。由梨さんはあっけに取られたように、こちらをみていた。
「…円香ちゃんは、なんというか…こういう考察をよくやるんですか?」
「そうですね。たぶん、自分が疑問に思ったことを、頭の中で考えて、自分を納得させるのが好きなんですよね。それを誰かに同意してもらえたら、なおさら嬉しいですが。」
「なるほど…。すごいですね…。私、今までの人生で何かに疑問をもって、突き詰めて考えたことないかもしれないです…。あと、さっきの話も納得しました。」
「そう言ってもらえたら光栄です。まあ、よく美人は得だという論調があるじゃないですか。確かにそうだろうとは思いますけど、個人的には異論もあって、ある程度のレベルを超えた美人だと、それはそれで不幸な気がするんです。だって、さっき言ったような生存戦略を立てて生きていかなきゃいけないくらい、自然に振る舞うのが難しくなりますもん。みんながその人を見るわけだから、粗も探されやすいし。普通にすることが難しいってしんどいですよね。」
「…私は、普通の人間だから、こんなにしんどいんですね…。今までどう振る舞えば良いか、正解が分からなくて、ずっと下を向いて生きて来ました。誰にも注目されない、透明人間になりたいって思ってました。」
由梨さんは悲しそうに笑いながら話した。
「ずっと苦労してきたんですね。…でも、私、由梨さんは、面白い人だと思いますよ。」
由梨さんは驚いていた。
「…面白いってほとんど言われたことないので新鮮です。…見た目のことばかり言われてきたので。」
「それは、みんなもったいないことしてますね。まあ、由梨さんを見たら、美人だと言いたくなる気持ちも分からないわけではないですけど…。
ただ、きっと、これまでの人生で、キレイだなんて、死ぬほど言われてきてるだろうし、その話題は飽きてるかなって、私は思っちゃいます。」
私がそう言うと、由梨さんは、少し考えて、
「正直…、あまりにもキレイって言われすぎて、みんなそれ以外の話、できないのかなって、思っちゃってました。」
今までの控えめな由梨さんからは出なかったであろう台詞を聞けて、私はテンションが上がった。
「おぉ!良いですねぇー、その感じ。どんどん言って欲しい。」
私が興奮しながら言うと、
「なんで、毒を吐いたら、そんなに嬉しそうなんですか。」
由梨さんはそう言って笑った。
「その率直な物言い。私は好きです。最終的に、由梨さんが誰かに嫌なことを言われたら「美人でごめんね」くらい言っちゃえばいいと思います。」
「ふふっ、そんな風に、言うことできますかね?」




