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その日は連絡先を交換して解散した。私は田辺さんのことを由梨さんと呼び由梨さんは私のことを円香ちゃんと呼んでくれることになった。
由梨さんとは次の土曜日に会う約束をした。私が、いつか作ろうと考えていた1000ピースのジグソーパズルを一緒に作ることになったのだ。このジグソーパズルは、ラッセンの絵が描かれており、海が絵の大部分を占めていた。同じような青い色合いのピースが多く、一人で作るとなるとどれだけ時間がかかるか分からないので、いつか誰かと一緒に作ろうと考えていたのだ。私がジグソーパズル作りを提案すると、
「ジグソーパズルはやったことないので迷惑をかけるかもしれませんが…やってみたいです。」と由梨さんは答えた。
当日、部屋を訪ねてきた由梨さんにジグソーパズルのパッケージを見せた。
「確かにこれは難しそうですね…。」眉間に少し皺を寄せて由梨さんは言った。
「経験上、まずはピースの色分けからした方が良いと思います。その方がスムーズなので。カラフルな珊瑚礁とか魚たちと考えられる、青色以外のピース、光と考えられる白っぽいピースを集めましょう。」
そう言って床にピースを広げ、色分け作業から始めた。しばらくすると、青色のピース、白いピース、それ以外の色のピースに分けることができた。
「では、早速カラフルなピースから作り始めましょう。私はこのイルカから右側の珊瑚礁と魚たちを作ろうと思うので、由梨さんは左側の部分をお願いできますか?」 2人で黙々とピースをはめ始めた。様々な色合いがある部分の方が、絵のどの部分のピースか想像がつきやすいので、サクサクと作っていける。およそ40分程度で珊瑚礁と魚たちの部分を作ることができた。
「やっぱり2人でやると早いですねー。このあと、同じような色合いのピースとの格闘が始まるかと思うと、怖いですが。」
現時点で出来上がったパズルを見ながら私は話した。
「いつも、こういう難しいパズルをすることが多いんですか?」
肩が凝ったらしく、右手で左肩を揉んでいる由梨さんから質問された。
「いいえ。いつもはカラフルで作りやすいパズルを選んでいます。ただ、このパズルは一目見て絵が気に入って。衝動買いしました。同じような色合いのピースが多いパズルは苦戦するのが予想できたので、一人でやってたら煮詰まりそうだし、誰か仲間をみつけてやろうと思っていました。由梨さんが誘いに乗ってくれてありがたかったです。」私がそう話すと、
「初めて作りましたけど、なんというか…ピースがはまると気持ちいいですね。」
由梨さんは笑顔を見せてくれた。
「楽しんでもらえたなら何よりです。さあ、ここからがしんどいところです。気合い入れて頑張りましょう。」
私が青色のピース、由梨さんが白色のピースを担当することにして、残りの部分を作り始めた。予想通り、同じ色合いのピースの中でぴったりとはまるモノを見つけるのは相当時間が掛かる。カラフルなピースをはめていたときと違い、なかなかピースは繋がっていかない。1時間ほど経って、私は由梨さんに声をかけた。
「やっぱり、なかなか進みませんね…。1ピース辺り少なくとも5分はかかっている気がします。」
「そうですね…なかなかハマらないのがもどかしいです…。」
由梨さんは真剣な表情で形に合うピースを探していた。
「煮詰まってきた感じがするので、休憩しませんか?ミスド買ってきてるんです。」私が提案すると、由梨さんはぱっと表情が明るくなった。
「賛成です。お腹空いちゃいましたね。」
2人でダイニングテーブルに移動し、キッチンに置いてあったミスタードーナツの箱を開けた。
「いざドーナツを目の前にしたら、食欲が爆発して、気付いたら8個買っていました。余った分は明日以降の私の食料になるので、好きなドーナツ選んでください。」久しぶりに買いに行ったミスドの店内で、一通り見て悩んだ挙げ句、私は気になった商品をほぼ買っていた。
「すごいたくさんありますね…迷っちゃう…。」
由梨さんはしばらく悩んで、ポン・デ・リングを選んだ。
「1個で良いんですか?2個目も選んでもらって全然大丈夫ですよ。」私が言うと「私、わりとすぐお腹いっぱいになっちゃうので、1個にしておきます。買ってきてくれて、ありがとうございます。お金払いますんで、言ってください。」
由梨さんはそう答えて、自分のお皿にポン・デ・リングを置いた。 2人分の紅茶を用意して、ドーナツを食べることにした。私はゴールデンチョコレートを選んだ。「では、いただきます。」
久しぶりに食べるゴールデンチョコレートは、口に頬張ると、生地のしっとりした食感と黄色い砂糖粒の食感が混ざり合い、チョコの優しい甘さが広がり、相変わらず美味しかった。
「やっぱり美味しいですねー。由梨さんはポン・デ・リングが好きなんですか?」ドーナツから落ちた砂糖粒を皿の上に集めながら由梨さんに質問した。
「ポン・デ・リングが発売されたときに、初めて食べて美味しくて感動して…。やっぱりその思い入れがあるからこれを選んじゃいますね。美味しい。それまではお母さんが好きだったので、フレンチクルーラーばっかり食べてたんですけど、その概念を変えられたのがポン・デ・リングでした。」
「お母さん、フレンチクルーラー派だったんですね。」
「お母さんはいつもフレンチクルーラーでしたね。お姉ちゃんは甘い物が得意じゃなかったので、エビグラタンが好きだったんですけど、売っていないことも多かったので、ないときはオールドファッション食べてました。」
由梨さんから家族の話を聞いたのは初めてだった。
「由梨さん、お姉さんいるんですね!」
「はい、2人姉妹なんです。姉はしっかり者でみんなを引っ張るようなタイプなので、私とは全然性格は違いますけど。…円香ちゃんはきょうだい、いますか?」
「私はきょうだいはいなくて、ひとりっこです。おかげさまで自由に生きてきましたけど、やっぱりきょうだいがいたらどんな感じかなー?ってちょっと憧れがあります。お姉さんとは仲良しですか?」
「仲は良いほうだと思いますけど、私がぼんやりしてるので、よく怒られます。もっとしっかりしなさいって。」
由梨さんは少し笑いながら答えた。 20分ほど休憩してから、再び作業を始めた。無言で作業し続け、3時間かけて、海全体の1/3程度までははめることができた。
「集中してやった甲斐があって、なんとかここまでできましたね。」
途中まで出来上がったパズルを見て私は言った。
「本当ですね。残りのピースも減ってきたから、はめるスピードが上がった気がします。」
由梨さんも笑顔で答えた。
「由梨さんが一緒にやってくれたおかげです。誘いに乗ってくれてありがとうございます。それに、由梨さんにお姉さんがいるという貴重な情報も知れたので、今日は良い日です。」私が言うと
「貴重な情報ですか?それ。」由梨さんは笑った。
「お友達になりましたからねー、お友達のことは知りたいと思うものです。あ、もちろん本人が話したい範囲でですよ?」
「じゃあ、私も円香ちゃんの家族の話聞きたいです。」
「私の家族ですか…。前にも話しましたが、両親は昼はカフェ、夜はバーという形態の飲食店をやっています。母はカフェ担当で、父はバー担当です。二人とも穏やかで放任主義なタイプなので、私はこのようにのびのび好きなように色々やりながら育ってきました。円香さんの親御さんはどんな感じですか?」
「うちは、私が生まれてすぐ父が病気で亡くなったので、父のことはよく覚えていないんです。でも、私は父に顔が似ていると言われていました。母は、おっちょこちょいで天然なところもあったんですけど、優しい人でした。私が高校生になる前に癌で亡くなっちゃったんですけど…ミスドは、母が好きで、たまに買ってもらうのが特別なご褒美でした。今日は久しぶりに食べられて、懐かしかったです。」
由梨さんは少し悲しそうに笑っていた。
「そうだったんですか。素敵なお母さんだったんですね。…せっかくだったらフレンチクルーラー持って帰りません?」
由梨さんは少し驚いた顔をしてこちらを見た。
「なんというか…久々の、母を思い出す味的な感じで。お腹いっぱいで今日食べられなくても、明日までもつと思いますし。」私が言うと
「ありがとうございます。…じゃあお言葉に甘えて、いただきます。」
由梨さんは笑顔を見せてくれた。 私はラップくるんだフレンチクルーラーを渡した。




