③
スライムを作った翌日の日曜日、私と田辺さんは一緒にスーパーに買い物に出かけた。私のリクエストに田辺さんが早速応えてくれることになったのだ。
「その和食屋さんでは、どんなメニューを作っていたんですか?」
私はカートを押しながら、田辺さんに質問した。
「お寿司がメインではあったんですけど、常連さんのリクエストに応えてメニューが増えていって、和食であれば何でも作るお店になっていましたね…。揚げ物が人気で、私は揚げ出し豆腐をよく作ってました。」田辺さんは昔を思い出すように話した。
「揚げ出し豆腐!良いですね…!家じゃなかなかつくれないやつ…。是非お願いしたいです!」
私は両手を合わせて拝むように田辺さんを見つめた。
「分かりました。ではせっかくなら色々揚げましょうか。天ぷらとか。」
田辺さんは微笑みながら、提案してくれた。彼女が私に見せる表情が徐々に柔らかくなっているのを感じて、少しずつ私に心を開いてくれているのかなと思った。
揚げ出し豆腐と天ぷらの具材を買い、スーパーを後にした。スーパーで一緒に買い物をしながら思ったが、美人とは想像以上に人に見られるものだ。すれ違う人のほとんどが明らかに田辺さんの美しさに驚いて見とれていた。彼女が普段俯きがちなのも、こういった視線から逃れるためなのかもしれない。
私の家は調理器具がほとんどないので、田辺さんの家のキッチンで料理をすることになった。初めて入る彼女の家は、私の部屋とは対照的に極端に物が少なく、生活感が感じられなかった。インテリアは一切なく、生活に必要な家具と家電が置いてあるだけの殺風景な部屋だった。私の家と同じく1LDKの間取りだが、リビングにはローテーブルと座布団2枚しかなかった。
「すみません、なんか、寂しい部屋で…。」
「いやいや、いいじゃないですか。部屋の雰囲気は住人の好みで決めるものだと思います。私の家は物に溢れかえっているので、物を減らす気持ちを持ちたいです。まぁでも、煩悩がすごいのできっと無理です。」
私がそう言うと、田辺さんは笑った。
田辺さんはエプロンを着けると、手際よく食材の下ごしらえを始めた。豆腐の水切りのために、料理番組で見るようなステンレスのバットが出てきて、私は思わず
「プロだ…」と言ってしまった。
「これがですか?」田辺さんは驚いていた。
「基本的に調理器具を買わない人生だったので、こういうものをみると圧倒されますね。」
私は腕を組んで頷きながら答えた。
「本当に料理しないんですね。」彼女は笑いながら、作業を続けた。
「料理しようと思った時期もあったんですけどね…。今や私は食べる専門なので。」
「でも、あんなに上手にスライム作りができるなら、きっと料理もできると思いますよ。」
「…スライム作りって料理に応用できます?」
「…ものによります…。」
「…え?誤魔化しました?」
そんなやりとりをしながら、2人で笑った。
私は調味料や材料を渡すだけだったが、田辺さんは鮮やかに料理を進めた。
「てんぷらのコツってあります?」
エビの背わたを取る彼女に質問した。
「うーん…。よく言われるのは衣の水分をなるべく低い温度にすることですかね。そのほうがサクサクに揚がるので。お店では氷水を使ってました。」
「へーー、氷水!」
「常温の水と比べると、全然違いますよ。」
田辺さんは話しながらも手を止めず作業を続けた。その手つきをみていれば分かる。彼女はかなり料理に慣れている。料理のコツを私に教えながら、あっという間に、揚げ出し豆腐と天ぷら5種類を完成させた。
「美味しそうすぎる…!お店みたい…!写真撮っても良いですか?」
私はスマホを構えながら聞いた。
「ご自由にどうぞ。」
田辺さんは笑顔で許可してくれた。気付いたら私は、前日のスライムよりも多い枚数の写真を撮影していた。
「では、早速いただきます!」
揚げ出し豆腐は衣のサクサク感が残りながら、じんわり優しいおだしの味が口いっぱいに広がった。添えられたおろし生姜が言いアクセントになっており、何個でも食べられそうだった。
「ちょっとこれ美味しすぎますよ!お店のまんまだ…。」私は興奮しながら感想を伝えた。
「お口に合ったなら良かったです。」
田辺さんも揚げ出し豆腐を食べ始めていた。
私は黄金色に揚がった天ぷらにも箸を伸ばした。エビ天は衣はふわっと軽く、エビの身はプリプリとした食感で絶品だった。椎茸はジューシーで、旨みが口いっぱいに広がった。なすは下処理でしっかり水分を取っていたので、衣のサクサク感を残したまま、舌に力を入れるだけで飲み込めるほど柔らかく、ピーマンはほのかなほろ苦さがアクセントになっていた。
「本当にどれもびっくりするくらい美味しいですね…。お家でこの味が食べられるなんて…田辺さんは天才です。」
私は夢中で食べながら言った。
「それは言い過ぎですよ。でも、ありがとうございます。」
彼女は私の食べる姿を嬉しそうに見ていた。
「田辺さん、これだけ料理上手なら、調理師免許持ってたりするんですか?」
「いや、私は持っていなくて。ただ、中学生のときから、お店を手伝ってて、高校生からは厨房にも入ってたので、料理歴は少し長めかもしれません。」
「…失礼ですが…答えられたらでいいんですけれど、田辺さんっておいくつですか?」
「27歳です。」
「えぇ?!…すみません勝手に同じくらいかと思っていました。私は23歳です。」
「結構離れてるんですね、私たち。」
談笑しながら食事は進みあっという間に完食していた。
「本当に美味しかったです。幸せすぎました。最高です。余分にお金払いたいくらいです。」
私は噛みしめるように話した。
「そう言ってもらえて嬉しいです。…私、身内以外の人とご飯食べたことほとんどないので、楽しかったです。」
「そうなんですか?これだけ料理上手なら友達とパーティーとかすぐできちゃいそうなのに。」
「…友達いたことないので…。お恥ずかしい話。」
そう言うと田辺さんは少し俯いた。
これだけの美人だと集団の中で目立ってやっかみを受けることも多かったんじゃないだろうか。
彼女の中に友達との楽しい思い出がないというなら...私が一緒に作りたいと思った。
「…じゃあ、私と友達になりません?昨日みたいに一緒に工作したり、今日みたいに一緒にご飯を作って食べたりしたら楽しいかなと思うんですけど…どうです?」
私が提案すると、田辺さんは驚いた表情をした後に、ゆっくりと笑顔になり、
「...嬉しいです。よろしくお願いします。」と言ってくれた。
「良かったですー。気持ち悪いって思われたらどうしようかと思いました。では、まず自己紹介で。フルネームも言っていなかったですもんね。桜木円香です。よろしくお願いします。」
私は田辺さんに向かって頭を下げた。
「田辺由梨です。こちらこそよろしくお願いします。」
田辺さんも私に向かって頭を下げた。
こうして私たちは友達になった。




