②
さすがに一気に頼みすぎた。
田辺さんと猫を見に行ってから、2週間ほど経った土曜日の午前10時。前日の夕方に宅配ボックスに届いた大量の荷物を運びながら私はため息をついた。
本当は直接受け取る予定だったのだが、昨日はたまたま残業になり、受け取れなかったのだ。荷物は段ボール3箱分あり、宅配ボックスと家を往復するのが面倒だったので、全て重ねて一気に運んでいたが、荷物の重さで腕の力が限界なうえに、段ボールで視界も塞がれ、非常に歩きづらい。横着せずに、2回に分ければ良かった。そう思いつつ、私はなんとかエレベーターで自分の部屋がある7階に到着した。ゆっくりと自分の部屋まで歩いていたが、途中でつまづき、盛大に転んで、全ての荷物をひっくり返した。それはそれは大きな音がした。
そして、その音に驚いたのか、702号室から田辺さんが顔を出した。
「大丈夫ですか…?」おそるおそる聞いてきた彼女に
「割れ物ではないので中身は無事だと思います。私の膝も盛大に打ちましたが、たぶん青あざができるくらいだと思います。今は痛みとしびれで動けませんが。ご心配かけてすみません。わざわざありがとうございます。」
私は両足を伸ばして、膝をさすりながら、座り込んだ状態で答えた。彼女が鞄を持っていることに気づき、
「どこかにお出かけですか?それなら急いでよけますね。」
私が落とした荷物は、段ボールから出てしまったものもあり、私の部屋から田辺さんの部屋の前の廊下に散乱していたので、私はゆっくり立ち上がって、荷物を片付けようとした。
「私も手伝います。」田辺さんはバッグを家の中に置き、手伝おうとしてくれた。
「あー、大丈夫です。お急ぎかもしれませんし、私がやりますから。」そう言うと、「近所のスーパーに買い物に行くだけで、急ぎじゃないので、気にしないでください。」
田辺さんはそう言うと黙々と荷物を運び始めてくれた。彼女の言葉に甘えて、散乱した荷物の片付けを手伝ってもらう。
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけして、すみません。」私はお礼を言った。「いえいえ、先日は私もお世話になったので。」
彼女はダンボールから破けて出てしまった大量の洗濯ノリをみて不思議そうな顔をしていた。
「今日、これから工作をするんです。」
私が言うと、彼女の頭の上にハテナが飛んでいるのが見えた。
「もし、よかったら一緒にやりますか?」
買い物から帰ってきた田辺さんが私の部屋にやってきた。
一応、一通り収納はできているが、物が溢れている私の部屋を珍しそうに田辺さんは見ていた。
水槽、バケツ3個、計量カップ、ケーキヘラ、洗濯ノリ、ホウ砂、絵の具。床とテーブルに並べられた荷物の中身を見ても、何を作るのか、田辺さんはピンときていないようだった。
「スライムを作ります。」私が言うと、
「スライムって….あの伸びるやつですか?」田辺さんが聞いてきたので
「そうです。あのスライムです。子供の頃の憧れで、触りすぎると、ゴミだらけになり、最後はブチブチした感触になってしまう、あれです。」私は答えた。
「大量のスライムを本気で作ってみたいなと常々思ってたんです。絵の具で着色できるんですけど、7色のスライムを作って、水槽に重ねていって、虹色のスライムを作りたいなと。きれいそうだし、最後は両手で思う存分こねくり回したくて。一緒に作りましょう。」
私がそう言うと、田辺さんは鳩が豆鉄砲を食らったような表情をしていた。
「…スライム作るの初めてです。」
彼女はまじまじと並んだ材料を見渡して言った。
「私もスライムを作るのは初めてですけど、大人になってからやる工作は非常に楽しいですよ。じゃあ、服が汚れたら大変なので、こちらのエプロンをどうぞ。」
家にあった工作用のエプロンを田辺さんに渡した。私も色違いのエプロンを着け、袖をまくって作業を始めた。
お気に入り登録をしていたサイトに載っていたスライムの作り方では、洗濯ノリと水は1対1の割合で入れることになっていたので、水槽の容量も踏まえて、それぞれ1Lずつ入れることにした。バケツの中に2つの材料を入れてよく混ぜる。
「調べたところ、虹の色の順番って、国によって違うみたいなんですけど、今日は日本式で行きましょう。内側から紫、青、水色、緑、黄色、オレンジ、赤の順番らしいです。なので一番下は紫で。」
よく混ぜた材料の中に紫色の絵の具を入れる。予想よりも色は付きにくく、絵の具1本を使い切ってしまった。
「どうです?私的にはもう少し、濃く色を出したいので、絵の具追加しようかなと思うんですど。」
「そうですね...。確かにこのままだとかなり淡い感じになりますし、足して良いと思います。」
「では2本目追加します。」
2本目の絵の具を入れても満足のいく色味にならなかったため、結局丸々3本分の絵の具を使った。
「予備と思って、絵の具を3セット買っておいて正解でした。今度紙粘土に色を塗る時用にと思って買っておいたんですけど。とりあえず使えるだけ使っちゃいましょう。」
ホウ砂と水を混ぜ、ホウ砂水を作り、今まで作っていた液体に少しずつ入れてケーキヘラで混ぜる。
「では、思う存分かき混ぜます。」
全体を混ぜると徐々に固まっていき、しばらく続けると、自分たちが知っているスライムが完成した。これだけの量のスライムをかき混ぜるのは一苦労で、交代でかき混ぜていた私と田辺さんは軽く汗をかいていた。
「本当にスライムですね。すごい...。」
「今は何でもすぐ調べられるので、子供の頃の願望をすぐに叶えられる良い時代になりました。ただ、この工程をあと6回繰り返す必要があるので、早速、次の分を作りましょう。」
私と田辺さんは黙々とスライムを作り、完成したスライムを水槽に入れる工程を繰り返した。7色のスライムを入れ終わる頃には作業開始から2時間が経過していた。水槽の中のスライムは綺麗な7層構造になっており、想像通りの出来に私は満足していた。
「すごい、きれいですね...。」
田辺さんは嬉しそうに水槽の中のスライムを見つめていた。
「田辺さんが手伝ってくれたおかげで、すぐに完成できました。ありがとうございます。想像以上の出来で大満足です。」
私はそう言って、スライムの入った水槽をあらゆる角度からスマホで撮影した。
「では、田辺さん。メインイベントです。混ぜていきましょう。」
私はそう言うと、水槽の脇から手を伸ばした。田辺さんも私の向かい側に立ち、水槽の中に手を入れる。久しぶりに触るスライムは、あの頃と同じく、いつまでも触っていたくなる気持ちよさがあった。
「うわーすごい!スライム!気持ちいいー!」私が興奮して声を上げると、
「懐かしい、笑っちゃいますね。」田辺さんも楽しそうに笑っていた。
「勿体ない気もしますが、写真も散々撮ったので、混ぜちゃいましょう。」
スライムを混ぜ始めると、最初はきれいな層状になっていたスライムは、徐々に全ての色が混ざり合い、グレーに近い色になった。
「想像はしていましたが、あんなにきれいだったのに、全部の色を混ぜるとくすんだ色になりますね。でも気持ちいいから良いか。」
私はそう言いながら、水槽に手を突っ込んだままスライムの感触を楽しんでいた。「こういう工作をするのお好きなんですか?」
スライムの一部を手に取り、両手で握り合わせていた田辺さんに質問された。
「好きですね。工作ももちろんですけど、なんか気になったことを一回やってみるのが好きなんですよね。今までやったことで言うと、セサミストリートの全キャラクターをあみぐるみで作ってみたり、友達とすごろくのマス目から作って、罰ゲームありで本気でゲームしたり、遠目から見ると絵になるようにドミノを並べたりとかですかねー。なんやかんや、どれも楽しかったです。」
ドミノを並べたときに、残り十数個の段階で、間違って全て倒してしまい、絶望したことを思い出しながら私は話した。
「桜木さんってすごいですね…。自分から楽しいことを見つけるのが上手で…。」
田辺さんが私をまじまじと見つめながら言った。
「田辺さんはお休みの日は何をしてます?」私が質問すると
「…前は読書を結構していたんですけど、最近はあまり…。自分が何をすれば楽しいのかもよく分かってないかもしれません。」
田辺さんは少し寂しそうに話した。
「今まで、趣味を見つけようとして、何か試したこととかことはありました?」
田辺さんの様子が気になり、聞いた。
「…割と生きることに必死で、考えたこともなかったですね。今は…結構時間があるのに、ぼーっとして1日が終わっちゃいます。」
想像はしていたけれど、恐らく、田辺さんは何かしら、訳アリなのだろう。
「つまり…これからどんなことにもハマれる可能性があるということですね。可能性は無限です。素晴らしい。」
私が言うと田辺さんは少し驚いた顔をしてこちらを見た。
「これから楽しいことを田辺さんも見つけるのはどうでしょう?そうですね…例えば、何か特技とかあります?」
私が質問すると、田辺さんは少し考えて、
「…料理は、結構してきました。」と答えた。
その答えを聞いて私は一気にテンションが上がった。
「料理が得意なんですか?!素晴らしい!」私の勢いに、田辺さんは驚いていた。「一応…和食の飲食店で働いていたので…メインではないですけど、和食系は割と作れ…作ります。」
田辺さんはおずおずと答えた。作れますではなく作りますと言い直すところが控えめというか、自信なさげ過ぎるなと思いつつ、料理ができる隣人に私は興奮を隠せなかった。
「私、実家が割とおしゃれ系のカフェをやってて、そこの賄いが、家のご飯だったんです。だから、実家にいるとき、あまり家庭的な料理というものを食べてこなかったんですね。それで、いざ一人暮らしを初めて、自分でご飯を作って思ったんです。作る労力に見合うおいしさの料理をつくるって難しいなと。だから、料理だけは自分で作る気になれなくて、いつも外食ばっかりなんです。料理が得意な人にコツを教わりたいと言うか…まぁ、はっきり言うといくらでも私が材料は買うので、田辺さんに料理を作って欲しいです。」
私の率直な発言に田辺さんは吹き出した。
「そうなんですね。桜木さん、色々チャレンジするのが好きそうだから、料理もやってるのかと思っていました。私で良ければ…作りますので。」
そう言って微笑む田辺さんは、やっぱりキレイだった。




