15
「うーん、やっぱり、なかなかまとまらないですね。」
羊毛フェルトをやってみたいという話を由梨さんにすると、由梨さんも興味を持ってくれたので、ネットで初心者セットを購入し、土曜日の午後に一緒に作り始めた。しかし、基礎中の基礎である、フェルトボールという、小さなボールを作る時点で、私は手こずってしまっていた。
対照的に、由梨さんの手元を見ると、私と同じ材料、道具を使っているとは思えないほどの、キレイなフェルトボールが出来上がりそうだった。
「わぁ、由梨さん上手!やっぱり手先が器用ですねー。」
私がそう言うと、由梨さんは照れたように少し笑った。
「ありがとうござます。細々した作業、けっこう好きだから楽しい。」
一緒にジブリのBlu-rayを見て、少しだけ由梨さんの過去の話を聞いた夜以来、完全に敬語だった会話は、少しずつタメ口を混ぜてくれるようになった。由梨さんとの距離が少し縮まった気がした。
今日は作業用BGMとして、天空の城ラピュタを流していた。黙々と作業を続ける由梨さんの横で、私はしばらく天空の城ラピュタをみることに集中してしまった。
しばらくして由梨さんの手元をみると、完璧なフェルトボールが出来上がっていた。
「完成です。」
由梨さんは嬉しそうにフェルトボールを見せてくれた。
「本当にキレイにできてますね!すごいなー。コツあります?」
「たぶん、まんべんなく針を垂直に刺すと良い感じかと。あと意外と力を入れて刺すとより、糸が絡まってまとまりやすいです。」
由梨さんの教えを聞いて、もう一度集中して針を刺していくと、不格好ながらフェルトボールが出来上がってきた。
「由梨さんの言う通りですね。まとまってきた。楽しい。」
「円香ちゃんも上手。」
そんなことを言い合っていると、遠くから花火の音が聞こえた。
「花火?夕方なのに?」
由梨さんは不思議そうにしていた。
「花火は上がりませんけど、今日は近所の神社で結構大きめのお祭りあるんで、その合図ですね。出店もたくさん出て、フラッと行っても楽しいですよ。由梨さん、お祭りけっこう行きますか?」
私が質問すると
「…私、今までの人生でお祭りって1回しか行ったことないです。」
由梨さんは少し考えてから、答えた。
「えー!そうなんですね。お祭り苦手なんですか?」
「うーん。まず友達がいなかったので、友達と行ったことがなくて、小学校に入る前、珍しく、お母さんの仕事が休みで、お姉ちゃんと3人で行ったことが1回あるだけかな…。綿あめで手と口の周りがベタベタになったのが思い出です。」
由梨さんは懐かしそうに笑いながら話した。
「なるほど、じゃあ、お祭り自体が苦手という訳ではないんですね。良かったです…。せっかくだから、ちょっと行ってみます?」
私が誘うと、由梨さんは、ぱっと表情が明るくなったあと、何かを思い出したように、少し目を伏せた。
「すごい行きたいけど…。人が多いところに出ると、声かけられることが多いので、円香ちゃんにも迷惑を掛けちゃうかもしれないです。」
「…そういえば、由梨さんと猫たちを見に行ったときも、ナンパされてましたもんね。」
「なるべく遭遇しないように、近場で用事を済ませるようにしてるんですけど、あのときは、どうしても必要な食材があって、駅前まで行ったら、あんな感じになりました。・・・放っておいてほしいんですけどね。」
由梨さんはそう言って苦笑いした。しかし、由梨さんがやりたいことを、よこしまな気持ちで近づいてくる人々に邪魔されるのは腹が立つ。私は由梨さんに提案した。
「由梨さん。声を掛けられにくそうな格好をしましょう。」
「え?」
私は由梨さんを自分の寝室のクローゼットの前まで連れて行った。物が入れられすぎているため、キャパオーバーで半開きになっているクローゼットの扉を開けて、私は自分の服を見せた。
「由梨さんいつも、非常にシンプルな服装をしてるじゃないですか?それがかえって、由梨さんの美貌を引き立ててしまっています。そこで、派手派手な服装をして行きましょう。いわゆる男ウケの悪そうな。私と由梨さん身長も体型も違うけど、こういうゆったりしたワンピースとかだと大丈夫そうな気がするんですよね。」
私はそう言ってお気に入りのエスニック雑貨屋さんで買ったワンピースを出して由梨さんに見せた。
「どうです?私はものすごーい好きなんですけど、異性には全くウケません。由梨さんもこういう服着たことないんじゃないですか?」
「…正直、初めてです。」
由梨さんは目を丸くしながら私のコレクションを見ていた。
「そして、他のアイテムもつけましょう。こちらに多種多様な帽子、ヘアバンド、ターバンまであります。異性ウケ完全無視、エスニック風ファッションで行きましょう。」
身長が10cm近く違うので、丈がミニサイズになってしまう物を除外すると、オレンジと緑の色合いのガネーシャが描かれたデザインのワンピースがちょうど良かった。
「いいんじゃないでしょうか。由梨さんの顔立ちが目立たないように、この象たちが邪魔しまくっています。由梨さんの顔面を見る前に、この象たちに目が行きます。」
私の熱心な説明に由梨さんは吹き出してしまっていた。
「分かりました。これ着ます。」
「でも、これだけじゃ足りないですね。もう少しアイテムが必要です。さて、どの帽子にしましょうか?この服ならターバンも似合いそうですけど。」
私がそう言って帽子を一通りチェックしていると、
「…このキャスケット帽、可愛いですね。」
由梨さんがそう言って指さしたのは、黒色のキャスケット帽だった。
「これ、似合いそうですね!ただ、これだと、シンプルにまとまりすぎるので、サングラスとかつけた方が、ナンパ除けになりそうです。あるいはこんなのもあります。」
私がそう言って差し出したのは、鼻から目元に掛けての、ベネチアのカーニバルで付けるような仮面だった。
「これいつ使うの?!」由梨さんは驚いて笑っていた。
「ベネチア雑貨フェアに行ったときに、つい買っちゃったんですけど、もちろんこれをつけるような機会はないので、たまに一人で家でつけて踊ってます。仮面舞踏会の気持ちで。まぁ、だまされたと思って付けてみてください。」
私がそう言って渡すと、由梨さんは戸惑いながら付けてくれた。
「由梨さん、非常に良くお似合いです。仮面舞踏会の主催者じゃないとつじつまが合わないくらい似合ってます。」私は拍手しながら言った。
「円香ちゃん、ふざけすぎ。」
由梨さんは自分が仮面を付けてる姿を鏡で見て笑いながら言った。さすがに仮面を付けるのは視野も遮られて、現実的ではないので、大ぶりのサングラスと黒色のマスクを付けることにした。
「これなら、うかつに声を掛けてくる不埒なヤツらもいなさそうです。」
着替え終わった、由梨さんの姿をまじまじとみながら、私は言った。
「今までこういう格好したことないから新鮮。…色々考えてくれてありがとう。」
由梨さんはそう言って微笑んでくれた。
「せっかくだし、お祭り楽しみましょう。他にも色々対策は練ってます。変な人たちが来ても、絶対私が由梨さんを守りますので。」
私がそう言うと、由梨さんはハッとした表情になった。
「あれ?私なんか変なこと言いました?」私が聞くと、
「いいえ…なんか、懐かしいなって…。大丈夫。」
そう言って少し笑う由梨さんを、私は少し不思議な気持ちで見ていた。




