12
タイちゃんの部屋に入ると、タイちゃんはタオルに巻いた保冷剤を持ってきた。
「ちょっと、袖まくるね。」
タイちゃんは、私の左腕を確認した。浜川君に掴まれていた部分は少し赤くなっていた。それをみたタイちゃんは眉間に皺を寄せた。
「俺の顔見ただけでびびってたから、手は出さないでおいたけど、1回ぐらい投げておけばよかったな。あの野郎。」
タイちゃんは私の腕を冷やし始めた。
「そんなことして、怪我でもさせたら、タイちゃん、柔道の試合できなくなっちゃうよ。私は大丈夫だから。ちょっと赤くなってるだけで、もう痛くないし。」
「柔道より、由梨の方が大事だから。」
タイちゃんが私の腕を冷やしたまま、さらりと言った。私はまた顔が赤くなった。
「今日みたいに、びびらすだけで大丈夫じゃなさそうなヤツに絡まれたら、俺はいくらでも投げ飛ばすから。由梨を守れないなら、柔道やってる意味ないし。由梨は忘れてるかもしれないけど、俺が柔道始めたの由梨がきっかけだから。」
思いがけないことを言われて、私は目を丸くした。そんな私の様子を見てタイちゃんは続けた。
「由梨が小学校に入ってすぐ、同級生の男子達に帰り道でちょっかい出されたことがあったんだよ。俺が出て行ったら、びびってたけど、一人こっちに立ち向かってくるヤツがいてさ。体格差があったから俺が勝ったけど、このままだと体格差がない相手なら、負けるかもしれないって思ったんだよ。だから、強くならないとダメだって考えた。たまたま家の近くにあったのが柔道クラブだったから柔道を選んだけど、別に、家の近くにあるのが空手教室だったら空手やってたし、レスリング教室だったらそこに行ってたと思う。だから、俺にとって柔道は、あくまで強くなるための手段だから、由梨を守るために。」
タイちゃんは私の目を見た。
「由梨のためなら、試合なんてどうでもいいんだよ。だから、変なヤツに絡まれたら、すぐ教えて。絶対守る。」
タイちゃんは、彼氏のフリを始める前から、ずっと私を守ってくれていた。私のために、強くなるために、毎日厳しい練習をしてくれていたのだ。私は胸がいっぱいになった。もう、我慢できなかった。
「タイちゃん、私、タイちゃんのことが好き。」
私が言うと、タイちゃんは驚いていた。
「彼氏のふりじゃなくて、彼氏になって欲しい。タイちゃんは、私のこと妹みたいに思ってるかもしれないけど、義務感で守らなきゃいけないって思ってるかもしれないけど、私は、男の人としてタイちゃんが好きです。」
言いながら、声が震えてしまった。もし、断られたら、もう一緒に居られなくなるかもしれない。でも、どうしても私は言いたかった。
タイちゃんは驚いた表情を見せた後、今まで見たことがないくらい優しい笑顔になった。
「俺も由梨のこと好きだよ。女の人として。昔からずっと。」
そう言うと、私の手を握った。
「由梨、俺と付き合ってください。」
タイちゃんはそう言ってまっすぐに私を見つめた。
「…はい。お願いします。」
そう答えて、私は泣いてしまった。
泣いてる私の頭を撫でながら、タイちゃんは笑っていた。
「ちょっと、何で泣いてるの?あのさ、妹みたいに思ってるからって理由だけで、さすがにここまでできないよ。好きな子のためじゃなきゃさ。」
タイちゃんが渡してくれたティッシュで涙と鼻水を拭きながら、私は話した。
「良かった。好きだって気付いてから、タイちゃんと一緒に居られなくなったらどうしようって、ずっと不安だった。もし、タイちゃんに他に好きな子がいたらとか…。」
「いやーないない。俺、モテないし。周りの女子達は俺のことゴリラだと思ってるよ。」
「でも….前の県大会の時、タイちゃん女の子と楽しそうに話してたから…。」
私がそう言うと、タイちゃんは少し考えた後、思い出したように話した。
「ああ、中島のことか。別の柔道クラブに通ってて、大会の時に話すくらいだよ。連絡先も知らない。それに、あいつ、ずっと付き合ってる彼氏いるよ。いつもノロけてる。それに、中島は、由梨と付き合ってるって噂を知って、俺のことめちゃくちゃいじってただけだし。たぶん、大会のときも由梨のこと見てただろ。彼女可愛すぎでしょって興奮してたわ。」
あのとき、彼女がちらっと私の方を見ていたことを思い出した。タイちゃんの口から、その話を聞けて、私は安心した。でも、それと同時に、また別の悩みが生まれてしまった。
「…タイちゃんは、私のために、こんなに頑張ってくれてるのに、私はタイちゃんに何もしてあげられてない気がする。良いのかな…ごめんね…。」
私が謝ると、タイちゃんはもう一度私の手を握った。
「由梨、謝らないで。由梨は何も悪いことしてないから。昔は、由梨いつも笑ってたのに、いつの間にか、周りの目を気にして、笑えなくなってただろ?なんとかしたいって思ったんだ。俺、由梨の笑顔が一番好きだから。だから由梨が俺の前で笑ってくれるだけで充分なんだよ。それに、好きな人に頼られて、その人を自分の手で守れるって、ものすごい幸せ。」
タイちゃんはそう言うと笑った。
「…じゃあ、タイちゃんの前では笑うね。いつも本当にありがとう。」
私も笑顔でそう返した。
家に帰るとお姉ちゃんがいたので、私はタイちゃんと付き合うことを報告した。
「おめでとう。気づくまでは長かったけど、気づいたらずいぶんあっという間だ。」
「ありがとう。上手くいって良かったよ。...でも、急に付き合い始めたら、お母さんも、沙織さんも、おじちゃんも驚くよね。」
私がそう言うと、
「何言ってんの。太一郎が由梨のこと好きなのなんて、全員知ってるから。由梨だけだよ。気づいてなかったの。付き合ったって聞いたら、やっとかーってなるんじゃない?」
お姉ちゃんがサラッと言ったので私は目を剥いた。
「え?嘘でしょ?なんで?」
私が混乱してると
「あのねぇ、太一郎は、あんたにだけ異常に優しいからね。柔道大会の賞品とか、何かもらってもすぐ由梨にあげてたし。あの様子を見て、由梨のこと好きじゃないって思う方が無理だから。皆で、生温かく見守ってたんだよ。」
お姉ちゃん達から見た私たちの姿が、自分の認識とかなり違うことを知り、私は鈍感なのかもしれないと思った。
「まだ小学生の頃に、太一郎の私への態度と由梨への態度があまりに違いすぎるから、なんでそんなに態度が違うのか聞いたことがあるんだけど、あいつなんて答えたと思う?」
「…なんて言ったの?」
「「真由ちゃんはすぐ怒って怖いけど、由梨は優しくて可愛いから」だって。普通にシバこうかと思ったわ。」
タイちゃんが答えた姿を想像して笑ってしまった。
「あのねぇ、私と幼なじみほどの近い距離感になりたい男がどれだけいると思ってんの!こんなに人気者の私と!とんでもなく幸運な立場なのに、あいつは何も分かってない。」
お姉ちゃんは腕を組んで苦々しい表情をしていた。
「まぁ、そんな感じだったから、いつかは付き合うと思ってたけど、いつまでもそうならなくて、どうするつもりなんだろうって考えてたら、あんたが彼氏のフリをしてもらってるとか言い出したから、太一郎に言ったのよ。」
「え?何て?」
「「彼氏のフリって何?とっとと付き合いなさいよ。」って。そしたら「別の男子から告白されて散々な目に遭ってる状態で、自分が告白したら、由梨が困るから、まだいい。」ってさ。2人してもどかしくて、こっちはイライラしたわ。」
あの場面でも私が困らないように配慮してくれていたタイちゃんの優しさが嬉しかった。
「「自分が一番近い立場でいれば、いつか由梨に言えるタイミングが来ると思うから」って言ってたから、意外と策士なのかなとも思ったけどね。ゴリラのくせに。」
「…人の彼氏のことゴリラとか言わないでよ。」
私がムッとして言うと。
「まぁ、そんなにイライラしないで、ただのゴリラじゃないからね、一途ゴリラよ。あんたのこと10年以上思ってたんだから。」
そう言うと、お姉ちゃんは私の方に身体を向けた。
「太一郎ならきっと大丈夫。良かったね。」
お姉ちゃんは優しい笑顔を見せてくれた。
翌日、学校で浜川君は私に一切話しかけてこなかったので、タイちゃんの効果は絶大だと思った。
「由梨、帰ろう。」
放課後、いつものように、タイちゃんが教室まで迎えに来てくれた。私は鞄を持ってタイちゃんの前まで行った。そして一呼吸置いてタイちゃんの顔を見た。
「お待たせ。ありがとう。」
いつもなら無言でついていくだけだが、私はそう言って笑顔をみせた。タイちゃんは少し驚いていて、教室に残っていた同級生達も初めて見る私の笑顔にざわついているようだった。
通学路を帰りながら、タイちゃんが聞いてきた。
「由梨、どうしたの?いつもなら何も言わないし、無表情なのに。」
「前に浜川君に言われたの。私とタイちゃんが一緒に居ても、私は無表情だし、恋人っぽい感じがしないって。なんかそのせいで、私とタイちゃんの仲を変に疑われるのも嫌だし、タイちゃんには笑顔を見せておけば、みんな納得するかなって。ちゃんと両思いだぞって。」
私がそう言うと、タイちゃんは少し笑った。
「なるほどね。俺はますます、由梨の笑顔まで独占してるって恨まれそうだけど。」
「いいんだよ。実際そうだし。」
私がそう言うと、タイちゃんは私の方を見た。
「でも、やっぱりもう少し人が少ないところで笑って欲しいかも。由梨の笑顔可愛いから、これ以上誰かに好きになられても困るし。」
「…嫉妬ですか?」
私がいたずらっぽく言うと、
「否定しない。」
タイちゃんはそう言って、私の手を握った。




