番外 「百万回生きた猫」の勝手な解釈
うーん…、と悩む。
言語化してみるけど、
完璧に自分の気持ちにしっくり来るわけではなくて。
でも、言語化してみた。
何故、
百万回も生まれ変わった猫が、
白猫との出会いとその後に、
生まれ変わらなかったか。
が、いいなと感じるか。
その前に余談。
百万回生きた猫は、
人生のある時期の私自身であり、
また、
白猫も、
人生の、とある時期の自分。
あるいは、何かの理由により
それらは入れ替わる可能性があり、
あらゆる人物像には
自分自身がいる気がする。
「わかる!」って人達に会えた
嬉しい。会えなくても可。
話を戻して。
百万回生きた猫を彼と呼び、
白猫を彼女と呼ぶ。
彼は、彼女に出会った当初、
百万回生まれ変わり、
体験した事を彼女に話すんですね。
だけど、
彼女はその話には興味を惹かれない。
彼は繰り返すうちに、
ある時、言わなくなった。
彼女は、それから
彼を受け入れた。
そして、子猫も生まれ、
それぞれ、独り立ちした。
そんな話だったと記憶してます。
が、曖昧。
私がいいなと感じるのは、
彼が、ありのままの自分を見せたから。
受け入れられて、
それは、それは、
すごく白猫を愛すんです。
亡くしてわんわん号泣する。
(私は2匹幸せが好きだけど)
その後、彼は生まれ変わらなかった。
それは、
愛し愛されて、
満足していたから、じゃないか?
と、勝手な解釈。
絵本だから、深読みし過ぎな感じ。
だけど。
百万回生まれ変わったのは、
どこか、
満足しなかったから
という気がするから。
虚勢をはらなくなった猫。
ありのままでいられた。
もう生まれ変わらなくていい。
あるいは、白猫に
出会えたからかもしれない。
理想としては、
2匹末永く幸せ。とか、
生まれ変わってまた会う。とか
だけど。
私が猫なら。
白猫も百万回生きた猫でも
互いに会いたくて
また、生きてるきがするけどなあ。
感覚を言語化するのは、
難しい。
足りない感じが残りますね。
でも。
私としては、
白猫も百万回生きた猫も、
結局、会いたくて
また、生きる気がする。




