欠片 その3
何を記しておこうか・・・?と考えた。
私は双極性障害を持っている。
でも、足掻いたあれやこれ、
また、過去の、現在進行形の苦しさとかなんとかを、
どこまで書いていいものか迷う。
なので、そういうことは書かないで、
今日は、好きな話のこと。
「百万回生きた猫」という、絵本があると、
私はある漫画で知った。
その漫画も、まぁ、考えれば、色々と考えさせられるものではあった。
でも、重々しくなくて、当時の私は疲れないで読めた。
さておき、
「百万回生きた猫」という絵本の内容を知ったのは、
いつか、はっきり覚えてない。
本題。
私は、人生のある時期まで
「百万回生きた猫」が、白猫に
いかに自分がすごいかを語りたかった時の、
”百万回生きた猫”だった。
私にとっての”白猫”は、今からそう遠くない未来に
現実で出会える気がする。
さて、「百万回生きた猫」が、白猫を前に
自分のすごさを話さなくなり、
ただ、ありのままに一緒に居られて幸せに過ごすのが好きだ。
そして、白猫が先に死ぬのは嫌だ。
だけど、お話としては
白猫を失った後
「百万回生きた猫」、百万回生まれ変わった猫は、
もう、生まれ変わらなくて、終える。
絵本にしては、すごく、深いなと感じたりもするけど、
子供は子供なりに、その真の意味を感じたり、
あるいは、そうでなかったり、
色々だと思う。
ただ、わたしがこの絵本が好きなのは。
自然体でいられる猫もいいが、
百万回生まれ変わった猫が、
大事な白猫との時間を失って、そののち。
生まれ変わらずに終わるところ。
どういう感情か、どのような心の機微かなど、
自分の事だけど、
言語化できないんだけどね。
その、”百万回も生まれ変わった猫”が
白猫との出会いと喪失ののち、
”生まれ変わることがなく終えた”という事柄を、
勝手な私の解釈で、心で感じていて、
その空気感が好きなだけ。
ちなみに、私は自然体になってからの
百万回生きた猫しか、受け止められない狭さを持っている。




