#最終話 常世と現世①
「月姫命が俺に神力を貸してくれたからです」
「それは君の優しさと、運命に負けない強い意志があったからだよ」
日彦命を自分の体に移し、現世への道をわたる。
現世へ来て、ミミーと鳴きながら近づいてきた白魂たちに美月さんが「日彦さまがお戻りだよ。現世に顕現できる力がないから、みたまを移す依代を持ってきて」と頼むと、とても面倒くさそうに鏡を運んできてくれた。
美月さんに言われるままに鏡を持つと、俺の中の日彦命のあたたかな気配が消え、神鏡が輝いた。日彦命のみたまが鏡にうつったのだ。
「四百年ぶりの現世……懐かしいね。月姫は巫女神の中に眠ったか」
鏡の中で日彦命が言った。
つづらが一に言った。
「兄者、日彦様の分霊と常世に残るのかい?」
「つづらよ。オレには日彦様の分霊をお守りする大切な役目があるのだ。決して、常世の女子高生たちのスカートから覗く生足を鑑賞したいからというわけではない」
「あっそう……」
つづらの反応は相変わらずドライだった。俺は一に頼んだ。
「一、お願いだ。常世へ戻るまで、しばらく俺の姿になっていてくれないか? 俺はしばらくの間、月姫命と日彦命──二柱の神の神力の回復に尽力したいんだ」
「神力使いよ。もうお前は役目を降りてもいいはずだぞ」
「俺は、美月さんが巫女神を降りられるようにしたいんだ。捜索願が出ているから、とにかく警察へ行ってくれ」
「……任せておけ」
そう言った後、急に一がはしゃぎ出した。
「ヒャッホーイ! 人間になって女と遊び放題だ! オレは世之介になってやるぞー!」
「……世之介って誰?」
「世之介は、井原西鶴の浮世草子『好色一代男』の主人公だよ。七歳で恋を知り、放蕩の末に勘当された後も好色な性格は直らず、たくさんの恋愛遍歴を重ね、最後には女性しかいない『女護島』へ行くと言って、六十歳で消息を絶つの」
美月さんの言葉に、思わず絶句する。
「マジかよ……」
その瞬間、天空から光の矢が一に向けて落ちた。
「ひいいっ! 冗談です日彦様っ!」
「兄者のおいたが過ぎると、日彦さまの神罰が落ちるようになっているんだ」
「……」
──眷属神のくせにご祭神から神罰を食らう奴なんているのか?
呆れて言葉も出ない。鏡の中の日彦命が言った。
「常世の災厄は一時的に止まったが、人々が祈りを忘れるに従い進行していくだろうね」
「それでも、月姫様と日彦様の信仰を回復させるまで、俺は頑張りますから」
「夏輝くん、見て」
美月さんの声に顔を上げると、閉じかけていた桜梅桃李の花が再び輝いて、優美な桜、高潔な梅、不老長寿の桃、清楚なスモモ──四種の花がこぼれんばかりにふたたび花開いていく。美月さんが顔をくしゃくしゃにして泣きだした。
「どうしたの」
「よかった……桜梅桃李の花がもう一度咲いてくれて。私、夏輝くんを困らせたくなくて本当のことが言えなかった。夏輝くんに帰らないでほしいって。ごめんね。私って自分勝手だよね」
──ああ。美月さんは気丈に振舞っていただけで、本当は俺と同じ気持ちだったんだ。
「大丈夫だよ。日彦命が戻ってきてくれた。もう鳥居が閉じる心配をする必要はなくなったんだ。それに俺も……」
泣いている美月さんを見つめる視界が滲み、喉まで迫ってくる涙を俺は必死で押し殺した。




