#8 懐かしい神様 前編
「兄者、やめてっ!」
俺を襲う大きな神力の渦が、周囲に飛び散って消えた。
「あ、兄者?」
「つづらか。久しぶりだな」
怖がっている様子の美月さんを後ろにかばいながら、俺は言う。
「おいスケベ妖怪! つづらの兄だか何だか知らないが名を名乗れ!」
「口の利き方には気をつけろ。オレはこの常世を創世し日彦命が眷属神、漢数字の『一』と書いて、一だ。覚えておけ」
──にのまえ? ああ、『二』の前が『一』だから、『一』と書いて『にのまえ』なのか。
「おぞましい性欲の権化がつづらと同じ眷属神だって? 冗談は顔だけにしろよ」
「何を言う。オレはつづらと義兄弟の契りを交わしているんだぞ! ……おい無視するなつづら!」
つづらが一をスルーして、美月さんの肩の上に乗った。
「ところで一、さっきのは何だよ? お前は変化の能力を持っているのか?」
「ハッ、オレは日彦さまの眷属神だからな! 己を媒体として、目の前にあるものの一部を複製できるのだ」
一部複製の能力の範囲が個人の記憶や人格まで及ぶのか、効果がいつまで持続するのかは不明だが、はっきりしているのは一が俺よりも強いという事実だけ。
──悔しい。俺は唇を噛みしめた。
「時につづらよ。その乙女はオレのために連れて来てくれたのか?」
「はぁ、兄者の女好きは相変わらずだね。違うに決まってるよ。この子はミヅキ。月姫様の巫女神だよ」
「何と……月姫さまの巫女神とは。そっちの男は何者だ? ミヅキちゃんをたぶらかそうとする輩か?」
一が俺を軟派男でも見るような目で見る。
「たぶらかそうとしてたのはお前だろうが……見りゃ分かるだろ。俺が月姫命の神力使いだって」
つづらがこれまでのいきさつを説明し、一が何やら考え込む様子で聞き入っている。
「しかし、月姫様はどういう酔狂でこんな悪相の奴に神力をお与えになったのだ? こいつに巫女神を護り切れる能力があるとは思えないがな」
悔しくなり唇を噛んでいると、美月さんが言った。
「一様。時間がないの。私たちを日彦様に会わせて」
「人々が祈りを忘れたこの常世で、日彦さまはかつての力を失い、神殿の奥に閉じこもったままだ」
一がそう言った瞬間、神殿の扉が金色に輝き、軋む音を立てて開いた。透き通った御簾の中で、衣冠束帯姿の男性が脇息にもたれて休んでいるのが見える。
──日彦命。
春の陽のような笑みをたたえた優しげで面長の顔立ち、漆黒の袍に身を包み、左手にゆったりと笏を持つ優美な姿は、俺が小さい頃からこの神社に抱いてきた温かなイメージそのものだった。ただ、神力が相当衰えているのだろう。顔色が悪く、その身に纏う黄金色の神気も微弱に見えた。




