#5 残された時間 後編
俺は、美月さんが心細い表情で俺を必要だと言ってくれることを心のどこかで期待した。けれど、返ってきた言葉は予想とは全く違っていた。
「私、もっと頑張らなくちゃと思うの。夏輝くんが努力して、だんだん強くなっていったみたいに」
その瞳には、神事に臨む時のような清冽な光が宿っていた。灰色の失望が、痛みとともに俺の心を押しつぶしていく。
──美月はアンタを好きなのに。
般若の言葉がぼんやりする頭の中でむなしく響いた。美月さんが泣いてばかりいたのは少し前の話で、今は違うのだ。
俺がいなくても、今の美月さんは前を向いて、俺が来る前と同じ日常を歩いていける。淡い期待に未練がましくすがっていたのは俺だけだったのだ。希望の光を失った心はずたずたに引き裂かれて、黒い闇の中をただ落下していく。
俺は叫びだしたくなるような絶望感を悟られないように、努めて明るく言った。涙をおさえたその声は、少しうわずっていたようにも思う。
「俺、日彦様の説得を終えたら、常世に帰るよ」
告げた後も、やはり美月さんの表情は変わらなかった。最後の光が潰えて、落胆が確信へと変わっていく。ややもすると自暴自棄になってしまいそうだったが、俺はなんとか自分をおさえた。
そもそも俺なんか元々現世にはいなかった存在なんだし、月姫神社にいるあいだも神力使いとして役に立てていた自信もなかった。俺一人いなくなったところで、大した影響なんてあるはずがない。
俺の願いは、美月さんが幸せでいることなんだ。
小さい頃から役目のせいで人一倍苦労して、涙を流してきた美月さんの悲しい顔はもう見たくない。
不幸なのは俺一人でじゅうぶんで、そこに美月さんを巻き込んじゃいけない。むしろこんな不幸な俺とは早く離れた方が幸せになれるかも知れないねという自虐的な言葉で堕ちていく自分を笑い飛ばしたくなった。
「夏輝くん、あれを」
美月さんの声に元来た道を振り返ると、つるバラのアーチに映る現世の空が徐々に狭まっていくのが見える。
「帰り道が閉じていってる?」




