#5 残された時間 前編
「ここが常世……?」
美月さんが驚き慌てた様子で周囲を見回した。振り返ると、裏鳥居がつるバラのアーチにすり替わっていた。アーチの向こう側には、先ほどまでいた月姫神社の裏山の木々が風にそよぐ姿が見え、まるで合成された映像を見ているかのようだった。この日をあれほど待ち望んでいたはずだったのに、戻ってきたことがあまりにも唐突過ぎて、嬉しさと同じくらい疑問や困惑がある。
「どうしていきなり桜梅桃李が満開になって、常世へ戻れたんだろう」
それもよりによってゆりあに嫌われた場所に。つづらが俺の肩の上にするすると登った。
「善行を積んでから、徳の力で桜梅桃李が咲くタイミングは花によって差がある。数日前に摩尼車が呼び寄せた疫病神を祓いミヅキを護った徳が大きかったから、常世への帰り道が開いたんだと思うよ。とにかく、これでキミは家に帰れる」
「よかった。これで夏輝くんがご両親やお友達に会えるし、進級も間に合う」
「君のおかげだ。ありがとう」
美月さんも口元で両手を合わせ、微笑んだ。
しかし常世に帰ってきたということは、美月さんやつづら達との別れを意味する。
わずか数ヶ月を共に過ごした日々が、いつしか俺の中でなにものにも代えがたい宝物となっていた。いつかはその時が来るだろうとは思っていたが、まだまだ遠い未来の話だと思っていた。その事実が急に現実感を帯びて襲いかかってくる。
美月さんは俺のことをどう思っているのだろう。美月さんの背負う巫女神の役目の重さを知ったあの日、常世を見せてあげると約束した俺の手を取って喜んでいたこと。
献花祭の憑きもの騒動をきっかけに、巴と仲良くなったこと。
桜町のアンティークショップで万引き犯を一緒に追いかけて、最後にユリの花の髪飾りをプレゼントしたこと。
新郎新婦に扮して、無事に狐の嫁入りを成功させ、朧の育ての親になったこと。
巴やつづら、宿禰さんと力を合わせて美月さんを悪王子神から奪還し、美月さんへの恋心を確信したこと。ピンクのユリの花を手折って渡したときの、輝くようなあの笑顔。
誰かの縁を結ぶたびに、思い出が一つできるたびに桜梅桃李の花が咲いて、俺の中では美月さんの思いが深まっていった。
美月さんの心の中はどうなのだろう。般若と村椿が言っていたように、重い巫女神の役目を背負う美月さんが俺と出会って元気になり、俺に好意を持っているという話は本当なのだろうか。
つややかな長い黒髪には、ユリの花の髪飾りが光っている。もう会えなくなる前に、彼女が俺をどう思っているのかを確かめたい。せめて信じたい。一瞬だけでも、美月さんが俺を特別だと思ってくれていたことを。
俺は一縷の望みを託し、喉の奥から言葉を絞り出した。
「……俺が帰っても……本当に大丈夫?」




