#11 【番外編】イケメン神力使いのオレは、この学園で無双する
【眷属神・一の独白】
オレの名は、一。
この常世を創世し日彦命が眷属神だ。
オレの本性は高貴な蛇だが、神力使いの高校生、瀬戸夏輝の身代わりを引き受けてしまったため、当面のあいだナツキの姿で暮らすことになった。
ナツキが最近まで行方不明者だったので、警察に保護された後は自宅にマスコミが殺到したり、病院で体のあちこちを調べられたり、カウンセリングを受けさせられたりと、非常に面倒くさい日々を過ごした。
質問にはほぼ「覚えていません」と回答し、記憶を喪失したことにして乗り切った。
中途半端な対応は、身を滅ぼすからな。
おかげで家族も友人も、まるで腫れ物にでもさわるかのようにオレに接している。
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そして今、オレはナツキの姿で授業に出席し、夏服の薄着女子高生たちをさりげなく鑑賞している。
「皆さん解けましたか? では、解答と解説に入ります」
教師の声とともに、机に置かれたタブレット上に『全問正解』の文字が光る。
効率的に学習すれば、この程度の課題など取るに足らない。
そう言えば、ナツキの学業の成績はどれくらいなのだろうか。
多少はアイツのレベルに合わせておかないと不審がられる。
タブレットを操作し、ナツキが過去に解答した画面に遷移する。
──正答率20%?
アイツは学校に何をしに来ているんだ?
とりあえず気を取り直し、授業を聞きつつ失われた時に思いを馳せる。
呪いや祈祷に頼る現世を憂いた日彦さまは、常世で科学技術の進展を願われた。
ところが、便利になりすぎた常世で人は驕り、自然への畏怖と信仰を忘れた。
増え続ける自然災害。未知の疫病。
結果、常世は日彦さまとともに消滅する運命にある。
この状況をどうにかしたいと、オレはもがいた。
日彦さまと恋人の月姫さまが再び仲睦まじく暮らせるよう、オレは日彦さまを、弟のつづらは月姫さまを説得した。
しかし、お二柱の心は今も固く閉ざされたまま。
衰えてゆく日彦さまの神力を復活させるべく、オレは歴史の中でごく稀に出現する神力使いと協力しては、信仰の回復を図った。
何人かの神力使いが現れては、やがて寿命が尽き死んでいった。
──人の命は、あまりに短すぎる。
何もしないよりはマシだろうが、既にここまでの状態となってしまった常世では、焼け石に水だ。
そんな中、新しい神力使いが現れた。
そいつは他のヤツらとは違っていた。
あらゆる不幸を引き寄せる悪相持ちで、神力を操るセンスに長けているわけではなく、危なっかしくてとても見ていられない。
それがナツキだ。
そのナツキが、日彦さまと月姫さまの縁結びをすると言う。
オレがかつて心を砕き、諦めた難問に挑むと、真っ直ぐな目で言いやがった。
そしてナツキは、巫女のミヅキちゃんと一緒に現世へ戻ってしまった。
「君を置いては帰れない」とかキザったらしく言っていたが、オレに言わせれば女の尻を追いかけていっただけの話に過ぎん。
いくらミヅキちゃんが可愛くて胸もそこそこ大きいとは言え、アイツは常世へ戻れるチャンスを棒に振った。
そもそもオレには、たった一人の女にこだわる理由が分からない。
ミヅキちゃん一人を追うよりも、蜜蜂のように群がってくる大勢の女達をとっかえひっかえしていた方が効率的に子孫を残せる。
──しかし、何故だろうか。
鳥居の向こう側、桃色の夕暮れの中で抱き合う二人の姿は驚くほど美しかった。
あれが青春とかいうヤツか?
あの光景を見たら、なぜだかオレももう少しだけ頑張ってみようという気になったのだ。
だが、せっかく人間の男になったのだからこの身体を有効活用して存分に楽しまねば損と言うもの。
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電子音のチャイムが授業の終わりを告げる。
廊下に出ようとしたオレの前に、生徒指導担当の女教師が立った。
「瀬戸くん。前髪、少し長いわよ」
咎めるような声。オレは瞬時に女教師を品定めする。
年齢は二十代半ば、化粧は控えめで眼鏡をかけている。一見地味そうに見えるが、豊満な胸と細い腰のくびれ、ぴっちりとしたスーツの下は魅力的なプロポーションをしているのが分かる。
「──すみません。気をつけます」
反省しているような素振りを見せつつ、オレはすぐさま流し目を送って女教師の瞳を射抜く。
とたんに彼女の頬が紅潮し、瞳の中の光が激しく揺れ動く。
『教師』の仮面が剝がれ落ち、現れたのは『女』の顔。
そこには、教え子のオレにときめいてしまった罪悪感と、自分が年上であることの引け目と言った複雑な女心が見え隠れする。
「……い、いいのよ! あの……明日はちゃんと切ってきて、職員室に見せに来てね?」
オレから慌てて目を逸らすと、顔を赤らめ足早に立ち去っていく女教師。
「……なんか先生、瀬戸にだけ甘くね?」
クラスメート達のひそひそ話を聞きながらオレはほくそ笑む。
あの女教師、今頃はオレを生徒ではなく一人の男として意識しているだろうな。
──オレは思う。
ナツキの場合、まっすぐな性格を前面に出すよりも、クールでミステリアスな二枚目を演出した方が絶対にもてはやされる。
なのにアイツと来たら、セルフプロデュースがまるでなっていない。
オレのように全てを計算した上で戦略をめぐらせた方が、効率的に有利に生きられるのに。
人生という過酷な競争は既に始まっているのに、持っている駒を活かさないでどうするんだ?
優秀なオレと、要領の悪いアイツ。
同じ身体で、どこまで違う結果を出せるのかを試してみたい。
──神力を駆使して日彦さまへの信仰を回復させつつ、より多くの女と出会い、子孫を残す。
眷属神は子孫を残せないが、人の身体なら問題ない。
そしてオレは、アイツの代わりにこの学園の帝王として君臨してみせる。
***
後ろから再び、俺を呼ぶ声がした。
「おい瀬戸」
立っていたのは、さっきとは別の女教師だった。いや、女教師と呼ぶべきなのか迷う。
身長二メートル、推定体重百二十キロの巨躯。
その名は、ヘルバーサーカー狂子。
色気を一切感じさせないジャージの上から、鍛え上げられた筋肉が隆起しているのが見える。まるで闘うために生まれてきたかのようなその肉体と凶悪すぎる人相は、まさに地獄の狂戦士の異名に相応しい。
噂によれば、婚活中だというヘルバーサーカーに言い寄られ、何人かの若い男性教師が失神したという。
相手を威圧する鋭い眼光……一体何人の男を闇へと葬ったんだ?
オレは生命の危機を本能的に察知し、後ずさりした。
「な、何でしょうか先生……?」
「貴様のその緩みきったネクタイは何だ?」
しかし、たとえヘルバーサーカーであれ所詮はただの『女』。オレの色香で恋の虜にしてやる。
こういうゴツいタイプの女には、思わず守ってあげたくなるような可愛い小動物系男子を演じ、母性本能をくすぐって逃げるのが定石だとオレは思った。
「胸が苦しかったんです。……オレ、狂子先生のことを考えてたから」
恋に悩む年下男子を演じつつ睫毛を伏せた瞬間、むんずと襟をつかまれた。本能が逃げろと警告しているが、恐怖で体が動かない。
「ひっ……!」
「ならば貴様を一思いに楽にしてやろう。我と共に来るがよい……正しいネクタイの締め方を指導してやろう……もちろん二人きりでな……グフフフ」
涙目で震えているオレに、ヘルバーサーカーが嗜虐的な笑みを浮かべた。
「……ひ、日彦様お助けをーッ!」
「ヘルバーサーカーは今日も愛情表現激しいな」
「瀬戸の奴、すっかり気に入られちゃって気の毒に」
「だが、俺らはこれで生き永らえた。生贄になってくれたアイツに感謝しようぜ」
クラスメート達の哀れみのまなざしが集まる中、オレは絶叫を上げながら嬉々とした様子のヘルバーサーカーに生徒指導室へと引きずられていったのだった。