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#8 一人きりの戦い

 翌朝、制服の上から月姫神社の法被はっぴを着た俺は、月姫神社を信仰する地元の人々──氏子のおじさん達と一緒に春祭りの片づけ作業に駆り出されていた。


「今朝も早くからありがとうございます。下宿生の瀬戸夏輝君です。ご指導のほどよろしくお願いします」


 宿禰さんに続き、俺は頭を下げた。ふと隣を見ると、美月さんが氏子のおじさん達に囲まれていた。


「美月ちゃん。『月姫さん』のお役目、お疲れ様。去年は長雨の時期をぴったり当ててくれたお陰で、稲がダメにならなくて助かったよ。かりんとう食べるかい?」

「ありがとうございます!」


「べっこう飴に最中まんじゅう、かきやま煎餅もあるよ」

「氏子さん達大好き。私頑張る!」


 両手いっぱいに駄菓子をもらった美月さんが、満面の笑顔で俺に話しかけてくる。


「夏輝くんも食べる?」

「いや俺はいい……」


 昨日美月さんを傷つけてしまったことを謝ろうと思っていたのに、タイミングを逸してしまった。しかも、大量の菓子を抱えて無邪気にはしゃぐ様子。本当にこの子が生き神なのか。いやそもそも巫女神とは何なのか。食欲の神の間違いではないかと俺は思った。巫女神という大仰おおぎょうな肩書と、天真爛漫な美月さんとのギャップに、俺はだんだん頭が混乱してきた。


 脚立に登り提灯を外していると、氏子総代にぎろりと睨まれた。


「違う。先に下の針金から外さないと御神燈が落ちてしまうだろう。ちゃんと考えなさい」

「す、すみません」


 ダメ出しを受けながら作業を続けていると、月姫神社の居候あやかし、白魂が俺の周囲をふわふわと飛翔する。


「ミー(労働とは愚なり)」

「ミーミミー(若造よ教えてやろう。この世界では働いたら負けだということをな)」

「お前ら、居候どころかニートだったのかよ。そりゃ宿禰さんも怒るわ」


 白魂達の不遜ふそんな態度に、俺は呆れていた。


「ところで宮司さん。あのあやかし達は先月末までに駆除するんじゃなかったでしたかな?」

 氏子総代に凄まれ、「いや全く申し訳ございません……」と宿禰さんが小さくなった。


⛩⛩⛩


 休憩時間に入った氏子達が社務所で賑やかに喋る中、輪の中に入っていけない俺は、境内の手水舎でつづらと一緒にぽつんと座っていた。


「ナツキ大丈夫? 顔色が悪いよ」

「つづら。俺、どうやら戦力外らしい。もうここにいるのが場違いな気がしてきた。追い出されたらどうしよう」

「キミ、昨日ミヅキに恩返しするって言ってたじゃないか」


 つづらが呆れた声で言った時、神社をぐるりと囲む玉垣の上に猫くらいの大きさの黒い玉が現れた。目を凝らすと、ぼこっと音がして分裂した。

 ぼこぼこぼこ、黒い玉が細胞分裂するように増えてゆき、毒々しい葡萄の房のようになり、まだ増えていく。


「つ、つづら。あいつ一体何? また忌津闇神? なんかヤバイ感じがするけど……」

「あれは忌津闇神じゃない。あやかしだ。妖気が強いからスクネ達を呼ぼう」


 その時、毒葡萄がくつくつ、と笑うと、紙切れのようなものをつづらに向けて放った。それが貼りついた瞬間、白い鱗から神秘的なきらめきが失せ、つづらがへたり込んだ。


「どうしたんだ、つづら」

「しまった……蛇封じの呪符だ」


 おそるおそる触れたつづらの体が、冷たく固まってしまっていた。つづらに貼りついた呪符をはがそうとするも、はがれない。気がつくと、毒葡萄が大人の背丈ぐらいに成長していた。


「まずい」


 俺がつづらを抱きかかえて逃げ出した瞬間、『どくん』という音が脳に響いた。悪意を感じたかと思うと膝から下が動かなくなり、バランスを保てず転んでしまう。

 俺はなぜか立ち上がることができなくなった。


「体が動かない。そ、そうだ。神力で!」


 ところが、かざした右手が光らない。


「ダメだ。やっぱり神力なんて使えるわけがない。でも、そうなると昨日のあれは一体何だったんだ」


 そう呟くうちに、いつの間にか右手全体が動かなくなっていた。毒葡萄が人の形になり、みるみるうちに三メートルくらいの高さになった。つづらを封じられた上に、神力が使えない。一体どうすればいいんだろうか。額を冷たい汗が流れ、何かしなければと思う焦燥感で思考がストップしてしまった。

「不幸! 俺、何も悪いことしてないのに」


 情けない声を出して怯える俺の脳に、毒葡萄の声が響く。


「眷属神を封じられ、神力使いは恐怖のあまり戦意喪失したか。これで封印を解放できる」

「どういう意味だ? なんでこんなことをするんだ!」


なんじは、この神社の下に何が封じられているのかを知らぬのか?」

「し……知らない!」


「月姫命が封じた数多あまた魑魅魍魎ちみもうりょうだ。月姫命が弱体化している今が好機。巫女神を始末して魑魅魍魎を解放し、我らは理想郷──常世へと赴く」

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