#1 あやかし夜市 前編
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七月の夕暮れ時、俺とつづら、美月さんの三人はラーメン屋の屋台に座っていた。
焦がし醤油の香りを漂わせ、刻みネギにメンマ、炒め野菜とたっぷりのコーンが乗った鳳凰名物『暗黒ラーメン』が目の前に置かれる。隣で美月さんとつづらが歓喜の声を上げる中、俺は屋台のカウンターに突っ伏した。
「夏輝くんどうしたの? 元気ないけど」
「もう六月が終わる。俺、常世で三ヶ月欠席してるからそろそろ進級がヤバいんだよ。早く帰らないと」
「悪王子さまへの雨乞い神事が成功して、桜梅桃李の木の『梅』が咲いた。『桜』は忌津闇神と高坊主の修祓で、『スモモ』は献花祭と狐の嫁入りの後に咲いた。後は『桃』の花さえ咲かせれば、夏輝くんは常世に帰れるよ」
その言葉に俺ははっとした。単位も危ないし、家族や友人の待つ常世へ帰ると決めて今まで頑張ってきたが、桃の花が咲いたら美月さんや巴と別れることになるのだ。
「んー、テスト明けの暗黒ラーメンはいつもに増して一段と美味しいな。野菜のうまみを強火でぎゅっと凝縮して、ニンニクバターと焦がし醤油で美味しさが加速する。店長さん、替え玉ください!」
三回目の替え玉を要求する美月さんに、店主がまだ食べるのかと驚愕の形相を呈する。ラーメンを啜りつつ、ふと思う。
俺達のこの関係は一体何なのか。同じ家に住んで、一緒に登下校して、教室や家で他愛のない話をして。だが、雨乞い神事で彼女に対する恋愛感情を自覚してしまった以上、美月さんが俺の事をどう思っているのかが気になって仕方がない。
「ミヅキ、ナツキが来てからよく笑うようになったよね」
つづらの言葉を聞くと、美月さんも俺の事を悪くは思っていなくてどちらかというと好意を抱いてくれているようにも見える。押し切れば恋人同士になれるかも知れないという淡い期待が胸をよぎる。
──私のこの体は、日彦様のもの。
一方で、美月さんの中の月姫命が悪王子に伝えた決定的な言葉が、俺の心に矢のように突き刺さっていた。
巫女神は日彦命の妻で、巫女神の役目が終わるまで、結婚ができないしきたりだ。そのほかにも、俺と彼女の間には大きな障害がいくつもある。
俺はいずれ家族や友人の待つ常世へ帰らなければならないし、彼女は巫女神の役目があるのでこの現世を離れることができない。元々、違う世界に生きる運命だった。極めつけには、彼女の始祖は人間と恋に落ちて蓬莱山を追放された天女だと言う。禁忌を犯せばその時以上の天罰が下るだろう。
お互い不幸になるだけの運命ならば、最初から好きにならない方がいいに決まっている。頭では分かっているが、この感情はそう簡単には割り切れない。
「はぁ……不幸……」
ため息をついた時、美月さんが言った。
「夏輝くん、口を開けて」
言われるままにぼんやりと口を開けると、美月さんが餃子を食べさせてくれた。
「元気出してね。早く常世に帰れるように私も協力するから」
無垢な笑顔に、心臓を射抜かれる。好きだと自覚してしまった今、彼女の全てが可愛すぎて困る。
「う、うん……!」
あまりの僥倖、もう魂を抜かれてもいい。そう思った瞬間、食べさせてもらった餃子が気管に入り激しくむせた。
「げほっ! 不幸!」
「きゃあ! すみませんお水ください」
このままではいけない。美月さんに背中をさすられ差し出された水を飲みながら、俺は今までにない強い危機感を感じていた。この感情が暴走する前に、彼女と距離を置かなければ。




