#10 悪王子の正体 前編
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降りしきる雨の中、俺達は無事に月姫神社へと帰り着いた。普段と変わりない光景を見ながら、俺は今度こそ本当の意味で安心を得たように感じた。稲荷社から白狐の朧が飛び出してきて、美月さんめがけて一目散に駆けてくる。
「こん!」
「ただいま朧!」
美月さんがふわふわの朧に抱きつき、愛おしそうに頬をすり寄せた。ふと漂ってきた季節外れの清らかな花の香りに思わず顔を上げると、月姫神社の桜梅桃李の木がまばゆく輝いた。天を突くように上へと向かって伸びる枝に、丸みのある可愛い蕾が膨らんで次々と紅白の梅花を咲かせた。
「夏輝、見ろ。梅の花が咲いたぞ」
「同じ枝から紅白の花が咲くなんてすごいな」
俺と巴が感動していると、宿禰さんが言った。
「梅は菅原道真公が愛した花でもある。五歳で詠んだ和歌──『うつくしや 紅の色なる梅の花あこが顔にも つけたくぞある』にはじまり、罪を着せられて都を追われる時には、屋敷の梅の木に『東風吹かば 匂ひおこせよ梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ 』という和歌を詠み、道真公を慕った梅の木が、都から太宰府まで飛んで追いかけてきたと言う。皆が命を落とさずに済んだのは道真公の加護のおかげでもある。さあ、皆でおまいりをしよう」
俺たちは、護っていただいた感謝を込めて梅の木を拝した。雨乞いの成功と、巫女神を護ったという徳の総量が大きかったのだろう。花は枝からこぼれんばかりに咲き、あっという間に満開になった。
「夏輝。『桜』『スモモ』『梅』が満開になるまで思ったよりも早かったな」
「うん」
巴に話しかけられ、うなずいた。最初はこの花を咲かせることはとても難しいと感じていたはずなのに、みんなの力を借りながら、いつの間にかここまで咲かせることができた。花が咲いて嬉しい気持ちと、寂しさが混じりあう。
月姫命の神力で災厄を祓い誰かの縁を結ぶたびに、巫女神を護るたびに、徳の力
で花が少しずつ咲いて鳥居の結界を押し開けるという桜梅桃李の木は、後は『桃』の花を咲かせるだけとなった。花の香りが強くなり、常世がすぐそこに近づいてきている気がする。やがて別れが来ることを分かっているせいか、みんなが無言になった。
その時、どこからか飛んできた大量の白魂達が、美月さんの周囲にわらわらと群がってきた。
「ミミー(巫女神たちよ、よくぞ戻った)」
「お前ら……」
「この一大事に何もせず! 今日こそは目に物見せてくれるわ!」
大幣を振り回し、白魂達を追い払う月姫神社宮司の姿に、感動的な風景が一瞬にして崩れ去ってゆく。
「じーちゃん、元気だな……」
「ああ。雨乞い神事の後とはとても思えない」
俺は巴と並んでいつもの平和な光景を遠巻きに眺めていた。心に空いた風穴から寂しさが吹き込んでくるのを感じながら。




