#7 死闘 後編
刹那、宿禰さんが俺の前に飛び出してきて、悪王子の口中に大幣を突き立てた。
「畏き五霜山の神よ。どうか、どうかこのような事はおやめ下され」
すがりつく宿禰さんを、悪王子がその長い首で振り払い、口中にかませた大幣をへし折った。よろめき倒れる宿禰さんを、俺は駆け寄って支えた。
「天迷々(てんめいめい)、地迷々(ちめいめい)、我時を識らず、天濛々(てんもうもう)、地濛々(ちもうもう)、我蹤を識らず、左渾鹿鳥と為す」
巴が足を一歩前に踏み出し、印を結んで呪文を唱えた。つづらが、「きゃっ」と悲鳴を上げて俺の懐に飛び込んだ。
「右烏䳯三と為す。吾是大鵬、千年万年王」
巴の体から強い金光が放たれたかと思うと、大蛇の悪王子が全身をくねらせて苦しみだした。
「巴、その呪文は?」
「中国の古い本にある蛇降伏の法だ。これなら今の形態に通用するはずだ」
「悪いがつづらに影響のないように頼む。こっちも蛇だから」
うなずいた巴が術の力を強めようと力を込めた瞬間、悪王子が再び美青年の姿に戻る。
「小童よ。この姿なら通用せんぞ!」
悪王子の全身が青く輝き、神雷がたちどころに俺達を襲った。すぐさま神力で防御するが、その瞬間には悪王子は再び大蛇の姿に戻っていた。
「もう一度だ。天迷々、地迷々」
巴が呪文を切り替える前に、悪王子が十数メートルはあろうかというその全身をくねらせ前進したかと思うと、いきなり巨大な頭部をぶつけてきた。俺はとっさに飛び上がってかわしたが、巴が打たれて後方へと吹き飛び、地面に倒れた。
「巴!」
俺の着地を待って、恐るべきスピードで大蛇の頭部が再び飛んで来る。噛みつかれるかと思いきやその動作はフェイントで、俺はいつの間にか大蛇の長い体に取り囲まれていた。
大蛇が素早く巻きつき、つづらごと俺の身を縛る。ぎちぎちと体が締め付けられてゆく。肺とつづらを守ろうと咄嗟に身体を丸めるが、締めてくる力が強すぎる。
──苦しい。このままじゃ肋骨を折られ、肺をつぶされる。目下には、何とか身を
起こそうとしている巴と宿禰さんが見えた。
「全身の骨を粉々に折ってやろう。その後でゆっくりと呑み込んでやる」
どうすればいいのか。悪王子の物理攻撃には神力が効かないようだから、何とか回避して本体を叩かなければ。
「げほっ」
ダメだ。全身が痛すぎて、考えるどころではなくなってきた。その時、宿禰さんが再び雨乞いの祝詞を奏上し始めた。
「旱魃打ち続きて、蒔きし畑も植えし田も朝毎に萎み夕毎に枯れ損なえるを百姓等の見悲しみ思い惑わい、天津水を乞い祈み奉る状を憐れみて──」
宿禰さんが悪王子の神力を強めて雨雲を呼ぶと、湿った風が体にまとわりついてきた。
「天迷々、地迷々、我時を識らず──」
そして、再び巴が蛇降伏の呪文を唱えはじめた。
そうだ。俺達は最後まで諦めない。雨を降らせ、巫女神を──美月さんを護りぬくんだ。蛇降伏の呪文を聞いた悪王子が再び美青年の姿へ変化する瞬間を狙って、俺は残る神力を悪王子へとぶつけた。
「悪王子神よ鎮まりたまえ。神鎖!」




