#6 雷公(らいこう)の加護 後編
「痛ってぇ……」
後ろに倒れ、俺は尻餅をついた。周辺の土がぶすぶすと燻り煙を上げた。
「人間ふぜいが、神雷を食らって何故生きている!」
ピンピンしている俺の姿に、悪王子が言葉を失っている。
「どうしてだと思います?」
そう言いながら俺は、着ている法被の前を開いた。法被の裏地に貼られた赤いお神札を見て、悪王子が驚きの声を上げる。
「雷公の雷避けの護符か!」
「昨日みんなで天満宮にお参りしてきましたからね」
神雷を受けて端の方が一部焦げてしまっているが、あと一回程度なら持つだろうと思われる。
──天満宮に祀られているのは、雷公こと『天神様』だ。平安時代の学者であり、右大臣として重用されていた菅原道真公だ。
『宇多上皇を惑わし、醍醐天皇を廃位させようとした』といわれのない罪を政敵に着せられ、都から遠く離れた大宰府へ左遷されて無念のうちに亡くなった道真の死後、帝の清涼殿に雷が落ちて多くの死傷者が出た。以来、道真は怨霊として畏れられ、学問の神の天神様として祀られるようになった。清涼殿に雷を落としたので、別名を雷公とも言うらしい。
俺達は天満宮に詣でて天神様すなわち雷公の加護を得たという訳だ。そして現在、宿禰さんが奏上しているのも雷公への雷避けの祝詞だ。悪王子の怒号が響き渡る。
「宮司! 今すぐにその不快な祝詞をやめろ!」
一瞬びくりと身を振るわせ、動きを止めた宿禰さんが、ごほんと咳ばらいをした。
「年を取ると、耳が遠くなっていけませんのぉ」
再開される祝詞奏上に、俺と巴は胸をなでおろした。
「宮司! この悪王子社の祭神はオレだ! その命令を無視しようとは何事か!」
空に垂れ込める雨雲が、厚みを増してゆく。白い雷光が閃き、地上を明るく照らした。低い雷鳴と、うなる風の音。もう少しだ、もう少しで雨が降る。我を忘れて逆上する様子の悪王子とは反対に、俺の心は次第に落ち着いていった。悪王子が力を増幅させ、神雷を落とす準備態勢に入る。
「夏輝。これさえ凌げれば僕達の勝利だ」
悪王子に視線を向けたまま、巴が押し殺した低い声で言う。
「ああ、ラスト一本だ。頼んだぞ、巴」
巴が素早く秘咒を唱えて二重結界を張った。慣れてきたのだろう、術の発動が速い。
「猪口才な。雷公の護符など、お前達ごとこの神雷で焼き払うまでよ」
五度目の神雷を、悪王子が渾身の力で放つ。強さを増した雷が、巴の二重結界を引き裂いて俺とつづらに直撃する。
「ナツキ。今だよ!」
「ああ」
右手を高くかざし、溜めていた神力を一気に放出する。つづらの神力が悪王子の元へと奔り、悪王子の額に直撃した。神雷が、俺から大きく逸れて地面へと落ちた。
「バカな」
その額からひとすじの血が流れ、その頬を伝って落ちた。悪王子が額を拭い、その手に付着した血を見て、声を震わせる。
「おのれ明光め! 許さん、絶対に許さんぞ」
怒気のこもった声が、周辺の空気を揺るがした。悪王子は、どうやら今の俺を蓬莱明光の姿に重ねているらしかった。
悪王子の美しい顔が歪み、額に青筋が立った。その身に纏う雰囲気が急変する。それは、思わずぞくりと背中が粟立つような、湿り気を帯びた殺気だった。
「口で言っても分からんなら、荒魂となって巫女神を喰うまでだ」




