#3 神の特性『一霊四魂』 前編
宿禰さんが立ち上がり、俺たちも宿禰さんと一緒に悪王子の後を追う。
悪王子社の扉は開いたままだ。奥の御簾の向こうには、広々とした神の住居が見えた。そこに漂うは、白檀のかぐわしい香の音。悪王子が美月さんへ向かって右手を差し出すと、次々と豪奢な着物が宙に現れて、美月さんの前に高々と降り積もった。
「若苗、薔薇、唐撫子、夏萩……さて、どんな色目が好みかな。髪飾りもあるぞ」
何も答えず、ただ頭を振る彼女。
「まさか、興味がないとでも申すか?」
「悪王子さまは、なぜ私を妻に迎えたいとおっしゃるのですか?」
「ようやく口をきいてくれたな。そなたの宿す月姫命は、美しさと強い神力の両方を兼ね備えた、オレの妻にふさわしい存在。だが、そなたの先祖──蓬莱明光のせいで、オレは荒魂から和魂となってしまった。娘を喰う必要はなくなったが、今年の初めからか神力の衰えを感じるのだ。神力を維持するため、そなたの持つ上質な霊能を得たい」
「そんなことをおっしゃられても」
「そもそも、先祖のせいでこのようになったのだから末裔のそなたがその責任を負うべきなのが筋というものであろう?」
悪王子の言葉に、美月さんが黙ってうつむくのを見て、俺は御簾を取り払うと勢いよく踏み込んだ。
「理由は分かりましたけど、それを美月さん一人に転嫁するのは、いささか論理が強引すぎませんか?」
「夏輝くん」
美月さんが咎めるような目で俺を見た。
⛩⛩⛩
悪王子の眉間に深い皺が刻まれた。
「宮司よ。この青二才の教育はどうなっている!」
怒気を含んだ大声が、その場の空気を揺らす。宿禰さんが震える声で悪王子に申し出る。
「た、大変申し訳ございません。畏れながら……我が蓬莱家の跡継ぎは、今や孫と孫娘だけでございます。しかしながら孫は県外へと出てしまい、この月姫神社の実質的な後継者はこの美月しかおりません。この子を差し上げれば、祭祀ができなくなってしまいます」
「この悪王子に仕える身でありながら、意見を申すと言うのか?」
悪王子が、湿り気のこもった目で宿禰さんを睨みつけた。震える宿禰さんの額から、白い眉を伝って冷や汗が落ちるのが見える。
「どうか、ひらにご容赦を」
「跡継ぎは外から迎え、これまで通り祭祀を継続させればよいだけのこと」
温度のない声で宿禰さんに告げた後、悪王子が俺を睨みつけた。
「五月蠅い虫は始末する。死にたくなければ泣いて命乞いしろ」
悪王子の右手に神力が渦巻き、青い雷が迸る。今まで遭遇してきたあやかし達とは一線を画す研ぎ澄まされた殺気に、思わず身の毛がよだつ。逃げ場はない。本当の所を言うと怖い。しかし、悪王子神の尊大なる態度と、あらがわなければ美月さんを奪われるという最悪の事態に、俺の中で何かが弾けた。
「嫌です」
「何だと?」
「夏輝くん。早くあやまって!」
「失礼をお詫びするんじゃ!」
みんなが必死でわめいている中、俺は動かなかった。
「……俺はあなたの力に屈する気はありません」




