#2 悪王子(あくおうじ) 後編
「さあ、オレと一緒に来い」
悪王子がそのまま美月さんの手を取ると、強引に悪王子社へと引っ張っていく。
顔が良いだけではなく、青い狩衣姿のその背中は逆三角形に引き締まっていて、均整の取れた体型をしている。悔しいが、先ほど宇迦之御魂神から有難いお言葉を賜った俺とは違い、悔しいが同じ男から見ても勝ち目のないぐらいの完璧な容姿だった。
「待ってくれ!」
俺と宿禰さんが追いかけようとした時、悪王子が振り返って一言発した。
「樹木神『五十猛』よ、あの藤をねびさせよ!」
その瞬間、境内の地面が大きく揺れて割れた。
「わっ!」
飛びのく俺と宿禰さんに、境内の藤棚の蔓が一気に伸びて巻きつき、足止めを食らって動けなくなった。
「ま、待て……」
「美月」
俺たちが体中に巻きついた藤の蔓を外そうと悪戦苦闘していた時、卜部巴がやってきた。
「夏輝、宿禰のじーちゃん。どうしたんだ? さっき感じた凄まじい神気は一体なんだ?」
巴が社務所からのこぎりを取ってきてくれ、俺と宿禰さんに巻きついた蔓を切ってくれる。事の経緯を説明する宿禰さんの、目の奥の光が所在なげに揺らぐ。
「……あのお方は『悪王子』と言う名の神様で、その本性は大蛇と言われておる」
「悪王子ってことは、『悪い神様』って事ですか?」
「いや、『悪』とは『強い力』という意味じゃ。樹木の神の五十猛命のほか、幾柱もの神々を従えるくらいな」
他の神様の力を借りられるくらいの強い神様なのかと、俺は背筋が寒くなった。
「かつて悪王子さまは大蛇の姿で五霜山に住み、雨雲をあやつってこの地に五穀豊穣をもたらしておった。その代償として年若い娘を人身御供に出させては、次々に喰っておった」
五霜山は常世にも存在する山で、海へと繋がるドライブラインや展望台、ファミリーキャンプ場も整備されている。
「そのうちに約束よりも多くの娘を要求する、怒りにまかせて暴風雨を巻き起こすなどの横暴がひどくなったため、平安時代に神力使いであった我が先祖の蓬莱明光が悪王子神を討伐し、月姫神社に『みたま』である悪王子神の本体を、五霜山に『分霊』である分身を移し、その強い力を分散して封じた。その時に悪王子神は鳳凰の地を護る神になると約束をされたため、以降は年に数回の神事を行い、そのお力をお借りしてきた」
宿禰さんの説明の後、つづらが震える声で言った。
「悪王子神の『みたま』が月姫神社に祀られたばかりの頃、悪王子さまは月姫様の美貌と神力に心を奪われ、求婚したんだ。だけど、月姫様には日彦様がいたから、月姫様を諦めるまでの数ヶ月の間、鳳凰国では悪王子さまの怒りの長雨が続いて大変だったんだ」
「蓬莱明光は、元の名を的火明光と言う。月姫命を護るために神力を授かって悪王子討伐を終えたのち、神力を月姫命に返し、この神社に婿入りして我々の先祖となった。神力使いが現れる時は、月姫命をおびやかす大きな厄災が起きる時じゃ。もしかすると、今がその時なのやも知れぬ」
「常世人の俺が神力を授かった大きな理由は、雨を降らし、悪王子から巫女神を護るため……」
長い間疑問に思っていたことだが、これで納得がいった。神力を放つ神力使いを生み出すことは、衰えている月姫命とつづらにとっても大きな負荷がかかることに違いない。だから、神力使いは常に存在するわけではない。現れるのは『非常事態』だけだ。月姫命をおびやかす原因が複数の神々を従えるくらいの強い神様なら、神力をもって対峙するしかない。だが、俺にできるのだろうか。巴が俺の腕に巻きついた蔓を切り落とした。
「切り終わったぞ」
「ありがとう巴。これで美月さんのところへ行ける」
「とにかく急がねばならん」




