#9 五十橿(いかし)八桑枝(やくわえ)のごとく 前編
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雛菊の谷の簡素な社で、狐の結婚式が始まった。厳粛な面持ちで座る狐の新郎新婦の前で、狐の神職が山神にフキやヤマモモ、キイチゴといった山の幸の捧げものをし、祝詞を奏上した。
「──掛けまくも畏き稲荷神社の貴の大前に恐み恐み白さく、千早ぶる神代の昔、神御祖伊邪那岐・伊邪那美妹背二柱の大神、天津神の御依さしの随に、婚姻の道を起こし給い定め給いし尊き神業習い奉ると──」
頭を垂れて祝詞を聞いていた俺は、美月さんに以前聞いた日本の国を生んだ男神イザナギと女神イザナミが死に別れた話を思い出した。何か察したらしく、巴が俺にそっと尋ねた。
「夏輝、どうした。さっきから顔色が悪いぞ」
「この国で初めて結婚したのは、男神イザナギと女神イザナミの二柱の神だった。……なのに」
めでたい場なので口には出せないが、やがて死が二人を分かつ。美月さんの両親のように。そして俺と美月さんにも、いつかは別れの時が来る。それがやるせなく、苦しかった。
「神でさえもそうなのに、なぜ人は結婚するんだろう」
俺の言葉に巴が黙り、狐の神職の祝詞だけが高く響いた。
「──子孫の八十続に至るまで五十橿八桑枝のごとく立ち栄えしめ給えと、恐み恐み白す──」
宿禰さんが結婚式でよく使う祝詞のフレーズだが、俺はいまだによく意味が分からない。
「夏輝。イザナギとイザナミの夫婦から、アマテラスとツクヨミ、スサノオの三柱の神が生まれた。いま神職が言った『五十橿八桑枝のごとく立ち栄えしめ給え』ってのは、『勢いさかんな植物のように、どうか末永く栄えていきますように』って意味なんだ。結婚には子孫を残す重要な意味がある」
どうやら、俺達が存在できているのは結婚によって短い命をつないでいるからだと言いたいらしい。巴の言葉には、時々有無を言わせぬ説得力がある。
新郎新婦が固めの盃を交わす。神楽鈴と扇を手に美月さんが山神に奉納する神楽は、おめでたい『末広の舞』だ。
「まさか巫女神様の舞をこの目で見られようとは」
息を呑んで見守る狐たち。蛍が飛び交う中、美月さんの姿が淡い光の中に浮かび上がる。その舞を見ながら、宿禰さんから聞いた蓬莱山の天女の悲恋の物語が、俺の心を駆けめぐっていた。
絶海の果てにあるという理想郷、蓬莱山。
偶然流れ着いた人間の青年は、夢のような光景に目をみはる。五色の空を舞う容姿端麗な天女たちの中で、ひときわ光るその存在。
今まで聞いたことのない、美しい仙楽の調べ。風にひるがえりし虹色の薄衣を透かす天女たちの白いなめらかな肌、一笑百媚の嫣然とした微笑みは、見る者を釘付けにさせ。
蓬莱山しか知らない世間知らずの天女からすると、外の世界から来た青年がさぞや魅力的に映っただろう。
二人が恋をするのは必然だった。結ばれるのが禁忌ということもあって、なおさら二人は惹かれあう。しかし、その代償は大きすぎた。
苦しい。こんなに近くにいるのに、何もできずに諦めなければならないなんて。これ以上の不幸があっていいものだろうか。許されるなら、俺も彼女を好きになりたかった。




