#1 姫巫女とユリの花
⛩⛩⛩
「美月ちゃん。そのユリの髪飾り、すっごく似合う! どういう心境の変化?」
「あのね、これは夏輝くんが……う、ううん何でもない!」
俺が厳しい視線で牽制すると、美月さんが黙った。村椿たちに知られると色々と面倒なのでユリの花の髪飾りの話は俺たちだけの秘密になっていた。秘密という言葉にはどこか甘美で危険な響きがあり、クラスメートにユリの髪飾りを褒められるたびに俺はバレてほしくない気持ちとあれは俺がプレゼントしたんだと自慢したい気持ちの間でどきどきしていた。
「美月は元々素材がいいから、髪飾り一つでクラスの男子が朝からざわついてるじゃん」
般若あかりの言葉に、俺は物凄く複雑な気持ちになった。
「たかが花一つでそんなに大騒ぎするほどのものか?」
俺の隣では卜部巴が醒めた口調でほざいたが、その視線は明らかに美月さんに釘付けになっている。
「とか言いながらジロジロ見るなよ巴」
「その口ぶりは怪しいぞ。まさか夏輝がみーちゃんにプレゼントしたとか? と言うことはつまりだな」
「げっ、な……何だよ」
「夏輝の不幸が移る」
「そ……そう? なんかゴメン」
それにしても、あやかしや俺だけにとどまらず、クラスの男子の心まで浮き立たせるとは恐るべき巫女神様といったところだろうか。
「それにしてももう六月か。六月と言えばジューンブライドじゃん」
窓に咲いた紫陽花を見つつ般若が言った。美術の授業が終わり、俺達は画材を抱えて元の教室へと移動していく。
「ジューンブライド?」
「ヨーロッパの風習で、六月に結婚した花嫁は幸せになれるって言うじゃん。うちは親が見合い結婚だからアタシは恋愛結婚がしたいわぁ」
そう言えば、うちの両親の馴れ初めって何だろうか。よく考えると、両親のことで知らないことは意外と多い。常世にいる時にもっと話しておけばよかったとつくづく思う。帰ったら思う存分親孝行して、たくさん話をしたい。
そう思っていた時、いきなり村椿琴梨が問題発言をぶっこんできた。
「美月ちゃんと瀬戸君っていつ結婚するのー?」
「あ……あのな! 君はまた勝手な妄想を……」
「そういえば、美月ちゃん言ってたよね。お父さんがユリの花束を渡してお母さんにプロポーズしたんだって。すっごくロマンチック!」
ユリの花が美月さんにとって特別な意味を持つことを知って、俺は驚くと同時に顔が赤くなった。彼女のお父さんがプロポーズの時に贈った花──そのユリの髪飾りを美月さんにプレゼントするなんて、俺はとんでもなく大胆なことをしてしまったのではないのだろうか。
「夏輝。前」
巴が教えてくれた時には既に遅く、俺の頭にテニスボールが飛んできてスマッシュヒットした。目から飛び散る火花とただでさえ少ない脳細胞を死滅させんとする痛みに、俺は頭を抱えてうずくまった。
「ぐあっ! 不幸……! なんでテニスボールが……」
見ると非常口のあたりでテニス部の面々が壁打ちをしていて、立て続けにボールが飛んできて俺に当たった。
「……痛っ! おい絶対わざとやってるだろ!」
「夏輝くん大丈夫?」
「鼻の下伸ばして舞い上がってたからじゃん?」
顔を上げると俺を心配そうに俺を見つめる美月さんと村椿、せせら笑う般若の姿があった。
「くそ……」
「私の場合、結婚は家の事情でまだまだずっと先になると思う」
村椿の問いに、美月さんが悄然とした様子で答えた。どういう意味だろう。
「で……でも美月ちゃん家は、お父さんが都会の大きな神社から婿養子に来たんだよね」
何か察したらしい村椿が会話の方向を軌道修正したその時だった。
「田舎の神社の一人娘が、神道の大学でよその神社の跡取り息子をたぶらかして婿養子に連れてきたから、駆け落ち同然だったって噂だけど?」
くすくすという笑い声と、少し鼻にかかった大人っぽい声に振り返ると、二組の幽浅魂美がテニス部の面々と一緒に立っていた。
幽浅はゆるいウェーブのかかったロングヘアが似合うお嬢様系のルックスの女子で、一定の層から人気がある。美月さんが唇を噛みしめてうつむくのを見て、幽浅が勝ち誇ったように髪をかき上げた。
「あら、歩くだけで不幸が集まってくる噂は本当だったのね。まあぼんやりしているのが悪いんですけど」
「な、なんだよ。いきなり失礼じゃないか?」
「わがテニス部は県大会優勝に向けて休み時間もトレーニングを欠かさないの。おしゃべりしてる人たちは廊下を譲ってくださいな。頑張ってるのは私たちなんだから」
般若が俺の隣に来て抗議した。
「魂美、ちょっとやりすぎじゃん。テニス部が強いからって何でも通る道理はないでしょ!」
「……何よ。蓬莱さんばかりかばって」
幽浅の視線には恨みがましい非難がこもっていた。月姫命の神力で、俺の頭に幽浅の心の中の映像が流れ込んでくる。




