#3 百々目鬼(どどめき)前編
「え?」
俺の突然の申し出に、美月さんが目を丸くした。まずい、痛い奴だと思われたかも知れない。
「い、いや、その! やっぱり今のは恥ずかしいから忘れて……」
「ナツキ。四の五の言ってないで、さっさとプレゼントしなよ。大体キミは決断するのが遅いから、いつも大事なチャンスを逃すんだよ」
俺の肩の上でつづらが呆れ声でアドバイスをくれる。
「いいの? 嬉しい……」
美月さんがうつむき、俺のそばに静かに身を寄せた。そのまま、俺の制服の腕にそっと細い指を絡めてくる。なぜか大胆な美月さんに、俺の心臓が早鐘を打ちはじめる。
ああ、何という僥倖、呼吸さえ止まってしまいそうだ。俺にぴったりとくっついた美月さんが声のトーンを落とし、向こう側を小さく指でさした。
「夏輝くん。あの人、なんか怖い感じがする」
美月さんの視線の先には、花柄のフリルワンピースを着た、長い髪の女がいた。ワンピースは物凄く少女趣味なのに、幽霊のように重たげな髪は櫛が入っていない様子で乱れており、異様な雰囲気を醸し出している。女がイヤリングを品定めをするかのようにあれこれと手にとっては、素早くバッグの中に滑り込ませるのが見えた。
──万引きだ!
心臓が縮こまり、俺は情けないことにその場から動けなかった。まさか犯罪の現場を直接見てしまうとは。今見たことをなかったことにしてしまいたいと思っていたら、美月さんが青ざめた顔で俺に小さな声で相談してきた。
「どうしよう。あの品物はお店の人が仕入れてきた大切な商品だよね。私、注意しに行こうかな」
美月さんも怖いのだろう、俺の腕につかまった細い指が震えているのが分かる。ここは俺がしっかりしなければいけない。
「直接注意して恨みを買うよりも店員さんに伝えて来た方がいいかも知れない。とにかく俺が何とかするから」
相談していると、万引き女が俺達の隣までつかつかと歩いてきた。女との距離が迫り、隣で美月さんがさらに身を固くしたのを感じる。目を逸らさずに警戒していると、万引き女が新しい品を手に取り、呼吸でもするかのようにさりげなくバッグの中に落とすのが見えた。
それは、あろうことか美月さんにプレゼントする予定のムーンストーンのネックレスだった。
そして、俺の視線に気づいたのか、女がゆっくりとこちらを振り向いた。
──目が合った。
重い前髪の隙間から覗く湿り気のこもった恨みがましい瞳に、一瞬恐怖で身がすくんだが、なけなしの勇気をふりしぼり俺は叫んだ。
「……まっ万引きだ!」




