#2 月のネックレス 後編
立ち上がった瞬間、陰険女子たちの視線がこちらに集まった。鞄を抱えたゆりあが驚いて振り返る。
「俺、小学校の時から白川さんを知ってるから。それに整形自体がそんなに悪いものだとも思わないけど」
「あーあ、しらけちゃった」
「盗み聞き最低だよね」
陰険女子たちが、ばつが悪そうに去っていった後、ゆりあが俺を潤んだ瞳で見た。昔から知っているのに、まともに話したのはこの時が初めてな気がする。
「瀬戸くんありがと……助けてくれて」
「努力すらしてない人間が、外野から好き勝手言ってるのに腹が立ったんだ」
「実は髪を切ってちょっと後悔してたところだったの」
「いや、すごく似合ってるよその髪型!」
思わず大きな声で言ってしまい、ゆりあの目が丸くなり頬がほんのりと紅潮した。恥ずかしくなって鞄を抱えて帰ろうとした時、ゆりあが言った。
「瀬戸くんも髪型変えてみたら?」
「俺はいいよ。前に手違いで坊主にされてから、髪型は変えないことにしてて……」
ゆりあが俺の前に立ち、ずいと距離を縮めたかと思うと、細い指で俺のシャツの袖口を折りはじめた。鼻腔をくすぐる甘いフルーツ系のシャンプーの香りに、心臓が飛び出しそうになった。
「今の流行なら、シャツの袖はこんな感じで、ネクタイはこれくらいかな」
俺の襟元に細い指を伸ばし、ネクタイを少しだけ緩めてくれた。
「ほら鏡見てみて? 制服崩すだけでもイメージ変わるでしょ?」
ゆりあがスマホの鏡アプリで俺の姿を見せてくれた。
「ホントだ」
「気分を変えたい時はオシャレするに限るんだよ?」
ゆりあの笑顔が、太陽みたいに輝いて見えた。
「あ、ありがとう……」
その後、俺と白川ゆりあは時々話すようになった。彼女はどんどん綺麗になっていき、高校二年のクラス替えのタイミングで普賢ガーデンモールに誘われた後、例の忌まわしい事件があり俺はふられた。
今日は不幸な思い出は忘れて、美月さんにこの店で何かプレゼントをして近くの店であんみつでもご馳走しよう。ゆりあの言うように、オシャレをすれば気分も変わるかも知れない。ゆりあの事を思い出すだけで胸が痛いが、常世に戻ったらきちんと事情を話して誤解を解くつもりだ。
陳列されたアクセサリーの中でふと目に留まったのが、白い一粒石の付いた上品な銀のネックレスだった。まるで空に浮かぶ静謐な月のような、神秘的な青いきらめきを纏った白い石。『ムーンストーン』と書かれている。
──月の石。
他の煌びやかなアクセサリーにはない、控えめで静かな輝きを俺は見逃さなかった。
「お月様……」
そう言った瞬間、美月さんの目から涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。周囲からの冷ややかな視線を浴びた俺は、「ち、違いますから!」と釈明した。
「昨日も月を見てぼんやりしていたし、月に嫌な思い出でもあるの?」
「お父さんを思い出したの」
「お父さん?」
「小さい頃、空に浮かぶお月様が欲しいと泣いたら、お父さんが困って」
美月さんの表情がふっと緩み、懐かしげな表情でネックレスを見つめている。このネックレスは、月に焦がれるかぐや姫にぴったりだと俺は思った。
「お……俺がお父さんの代わりに、君にこの月をプレゼントするよ!」




