#2 桜吹雪の姫巫女
ゆりあに嫌われたショックで、俺はどうやら頭がおかしくなってしまったらしい。
「さっきは助けてくれてありがとう。キミ、水難、風難、火難、金難、おまけに女難……あらゆる厄災を引き寄せる悪相持ちだね」
「いやちょっと! 初対面なのに失礼じゃないか?」
「ゴメンね。でも、普段から心がけの良いキミはこの神社と深いご縁があるみたい。なになに、瀬戸夏輝、十六歳。小さい頃からここによく来てはゴミ拾いや草むしり等の奉仕を行い、赤点のテストの隠し場所やモテない悩みをご祭神に相談し……」
「こ、個人情報だろ!」
動揺した瞬間、俺の身体が青白く光り輝き、腹に力が入った。
「な、なに今の!」
「申し遅れたね。ボクは月姫神社の眷属神、白蛇のつづらだ。久しぶりにここに来たら、人々の祈りの力が失われてて。おかげでボクの神通力が弱まるわ、穢れにまみれたカラスには襲われるわで散々だったよ。キミが来てくれなかったらどうなっていたかわからない。ボクのお仕えしている女神──月姫命が、お礼に祓いの力『神力』を与えた。これは宝クジに当たるよりもはるかに確率の低い、めったにないことだよ」
「し、しんりき?」
「月姫様の神力は、ボクの命の一部でもある。キミに降りかかる厄や災いを祓ってくれるよ。月姫様が、キミの『不幸な自分を変えたい』という願いをきいてくれたんだ。しばらくの間この力で身を守りなさいって」
──白昼夢、ここに極まれり。
現実逃避もここまで来ると、己に都合のいい幻想まで見え始めるらしい。
そう思いながらつづらの怪しげな話を聞いていた時、どこからともなく祭り囃子の笛の音が流れてきた。思わずあたりを見回すと、五色の旗が揺れる鳥居の向こう側に、『御神燈』と書かれた蜜色の提灯がずらりと並び、屋台で賑わう参道を何人もの参拝者が歩いて行くのが見えた。
「この神社はもう廃社されたはずなのに」
「常世と現世が繋がったからね。ボクは帰るけど、キミが幸せになれるよういつも祈ってるよ」
「待って。俺も行く」
つづらに続いて鳥居をくぐろうとした時、つづらが制止した。
「キミは来ちゃダメだよ。あちらの世界の住人じゃないから」
──どういう意味だ。
つづらの言葉の意味が分からず困惑しつつも、俺はあの鳥居の向こう側の世界に心惹かれて仕方がなかった。幼い頃に行った縁日か、それとも神の世界か桃源郷か。
あの鳥居の向こう側へ、どうしても行ってみたい。そこへ行けば今の現実を忘れられると同時に、自分の中の何かが変わるそんな予感がした。いつもなら禁止されていることには黙っておとなしく従うのだが、ゆりあから受けた誤解もあいまって、鳥居の向こう側へと足を踏み入れた。
赤い大鳥居をくぐると、蜜色の提灯に彩られた幻想的な世界が広がっていた。お化け屋敷、見世物小屋、金魚すくい、射的。満開の桜の中に心おどるような祭りの華やぎがあった。
「懐かしいな」
幼い頃に両親に手を引かれて行った神社の風景。行きかう人々は一期一会の合縁奇縁、翌日には嘘のように消えてなくなってしまう一夜限りの賑わいだ。この儚さを、いつまでも追いかけていたい。
つづらを追って裏参道を進むと、拝殿前に人だかりができていた。
神楽殿では、扇と鈴を手にした巫女が神楽を舞っていた。春風がざっと桜の花びらを吹き散らす。巫女が振り返った。
──桜の精かと思った。
白く透き通った肌に、長い緑の黒髪を後ろで一つに束ねて金の冠を載き、白い小袖に燃えるような緋色の袴姿はまさしく神に仕える巫女そのものだった。あでやかなのに清楚なたたずまいはまるで絵巻物から抜け出てきたお姫様のようだが、謎めく神秘に包まれている。漂う気品と神性──とにかく普通の女の子じゃない。
──目が合った。
脳天に流れ星が落ちたかのような衝撃と強烈な既視感が俺を襲った。以前どこかで会ったことがあるような、そんな気がした。
その時だった。
「忌津闇神が顕現したぞおっ!」
誰かが叫び、参拝者が散り散りになって逃げ始めた。何が起こったのか分からない。
舞台の上空を漆黒の雲が覆いはじめ、その中央に巨大な黒い目玉が現れた。浮遊する一つ目の化け物雲の周囲には毒々しい黒い霧が渦巻いて、まるで強い恨みの念と敵意を放っているかのような、とても嫌な感じがした。




