#1 不幸な高校生、恋の厄災に見舞われる
⛩⛩⛩
──掛けまくも畏き月姫神社の大神よ、願わくば俺を元の世界へと戻したまえ。
さらにさらに願わくば、次々と襲いくる全ての厄災から、不幸な俺を助けたまえ。
⛩⛩⛩
事の始まりは、高校二年に進級したばかりの四月だった。
始業式も終わり、クラスメートとの連絡先交換もそこそこに、俺はクラスメートの白川ゆりあに呼び出され、街の人気スポット『普賢ガーデンモール』へとやって来た。
「まさか学園のアイドルから呼び出されるなんて、夢じゃないよな。でも白川さんとは小学校の時から一緒だし」
スマホを取り出し鏡アプリで身だしなみをチェックする。
──そこには冴えない男子高校生の姿があった。
取り立てて特徴のないと言っていい俺の顔だが、幼き頃に涼やかだと言われていた瞳は、今や度重なる凶事に見舞われ死んでいる。全身から漂う辛気臭さが有名デザイナーズブランドの制服を喪服のように見せていた。極めつけには、嫌々締めた爽やかスカイブルーのネクタイの胡散臭さたるや、さながら罰ゲームでもさせられているかのようである。
「俺、今度こそ幸せになれるのかな」
柱の陰で髪を整えると、心臓が早鐘を打つ中で決死の覚悟を決め、待ち合わせ場所の噴水へと向かった。
噴水前では、制服姿の白川ゆりあが人待ち顔でそわそわとしている様子だった。艶やかな栗色のボブヘアに人懐っこさと賢さが混在したヘーゼルアイズ、ミニスカートから伸びた健康的な長い両足が活発な印象を与えるが、そこに清潔感と頭の良さと女の子らしい可愛さが混じり、独特の魅力を放っている。性格は明るく努力家で文武両道、しっかり者でクラスでは男女問わず人気があり、俺とは対極の存在であると言っていい。
「瀬戸くん、ずいぶん待ったよ?」
「ごめん遅くなって。ここに来る前に犬に追いかけられた挙句、自転車泥棒の犯人と間違われて警察から職務質問を……」
「瀬戸くんって、昔からそういうの多いね?」
「生まれた時から何かに呪われているとしか思えなくてさ。と、ところで。俺に大事な話って?」
ゆりあが少し緊張した様子で横髪をいじりつつ耳にかけた。その女の子らしい仕草に思わずどきりとする。
「……あたし、中学の時から瀬戸くんのことが好き……」
──夢じゃない。俺は今まさに、人生で初めて女子から告白されようとしていた。
しかも相手は俺には分不相応の高スペック一軍ハイレベル女子だ。本当に俺なんかでいいのだろうか。なんだか申し訳ない気もする。ゆりあが俺に好意を持つ理由がよく分からないが、俺の不幸な人生が今まさに変わろうとしている。唾を飲み込んだその時、別の女子高生が走ってきて俺の腕に飛びついた。
「お待たせ!」
「え?」
近くのお嬢様女子高の白い制服に身を包んだセミロングヘアの見知らぬ美人が俺に腕を絡ませる。まるで盆と正月が一緒に来たかのような事態に困惑した。
「もしかして私のこともう忘れちゃった? この間のデート、楽しかったのに」
そう言われたが、記憶がない。
「そ、そうでしたっけ?」
みるみるうちにゆりあが不機嫌そうな表情になってゆく。
「最悪」
「違う! 俺この人知らないし」
「瀬戸くんひどいよ。それに、デートした相手を忘れるなんて信じらんない」
大きな瞳からこぼれた涙をぬぐい、ゆりあが走り去ってゆく。
「待って!」
周囲にいる買い物客からどよめきの声が上がる。
「さ、さよならっ!」
お嬢様風女子の腕を振り払い、ゆりあを追いかけようとしたその時、スキンヘッドに派手な柄の服を着たとてもカタギとは思えない大男が目の前に立った。
「オレの女に手を出しやがって。落とし前つけろや!」
──美人局だ、と俺は思った。美女にハニートラップを仕掛けさせ、いい感じになったところで共犯の男が金品を強要してくる犯罪行為だ。俺を狙ったのは、県内でもダントツ授業料の高い私立高校の制服を着ていて気弱そうだからだろう。
「不幸……!」
──月に叢雲、花に風。俺の人生は、いつも肝心な時に限って邪魔が入る。他の奴らはみんな順風満帆な人生を歩んでいると言うのに、どうして俺ばかりがこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。俺の中で、恐怖とやりきれない悲しみ、この理不尽な出来事に対する怒りの感情が激しく混ざり合って弾けた。
「うわあぁぁぁっ!」
絶叫とともに教科書の詰まったリュックをスキンヘッドの胸板めがけて思い切りぶちかますと、俺は脱兎のごとくその場から逃げ去った。
⛩⛩⛩
もう消えてしまいたい気持ちで歩くうちに、古い立派な神社が見えてきた。小さい頃は親に手を引かれ、この神社の縁日によく来ていた。十年前に神主さんがいなくなってこの神社が廃社された後も、よくここに来ては本を読んだり考え事をしたりして時を過ごした。何より、この神社で悩み事を言うと、神様が聞いてくれた気がした。その証拠に、境内の木になっている小さな金色のミカンが、俺のひざの上に必ず一つ落ちてきたからだ。まるで神様が「これを食べて元気をお出しなさい」と言ってくれているみたいだった。だから俺はこの神社と優しい神様が大好きなんだ。
鳥居近くの石段に、何かいる。カラスのくちばしに咥えられた子どもの白蛇が苦しそうにもがいていた。助けなきゃ、という直感が働いて気づくと自然に体が動いていた。
「ごめん! 悪いけど、その白蛇から離れてくれ!」
俺は叫ぶと、立てかけてあった竹箒をつかんで振り回し、カラスがひるんだ隙に白蛇をジャケットの中に隠した。カラスが飛び上がり羽を散らしながら、羽ばたいて俺に襲いかかってくる。慌ててポケットからスマホを取り出し、左手でカラスの猛攻を防ぎながら、右手で音声アプリを探す。スマホからカラスの嫌がる高周波のモスキート音を再生すると、ようやくカラスが逃げていった。
「カラスには気の毒なことをしたけど、これで大丈夫。もう捕まるなよ」
かわいらしい白蛇に優しく声をかけると、まるで人間の言葉を理解したかのように首をもたげてこちらを見た。そして、なぜか俺の後ろをついてくる。俺は小さな裏鳥居の前の石段に白蛇と並んで腰を下ろして膝を見つめ、大きなため息をついた。相手が蛇でも誰でもいいからこのやり場のない気持ちを誰かに聞いてほしい気分だった。
「君は蛇だからこういう悩みはないのかも知れないけど、俺は生まれつき運が悪いんだ。せっかく好意を寄せてくれる女子が現れたって言うのに、その子から嫌われちゃってさ」
その瞬間、いきなり白蛇が俺の肩の上に飛び乗って喋った。
「確かにキミ、何というか色々なトラブルに見舞われそうな感じだよね」
「へ……蛇が。蛇が喋った!」
ゆりあに嫌われたショックで、俺はどうやら頭がおかしくなってしまったらしい。
「さっきは助けてくれてありがとう。キミ、水難、風難、火難、金難、おまけに女難……あらゆる厄災を引き寄せる悪相持ちだね」
「いやちょっと! 初対面なのに失礼じゃないか?」
「ゴメンね。でも、普段から心がけの良いキミはこの神社と深いご縁があるみたい。なになに、瀬戸夏輝、十六歳。小さい頃からここによく来てはゴミ拾いや草むしり等の奉仕を行い、赤点のテストの隠し場所やモテない悩みをご祭神に相談し……」
「こ、個人情報だろ!」
動揺した瞬間、俺の身体が青白く光り輝き、腹に力が入った。
「な、なに今の!」
「申し遅れたね。ボクは月姫神社の眷属神、白蛇のつづらだ。久しぶりにここに来たら、人々の祈りの力が失われてて。おかげでボクの神通力が弱まるわ、穢れにまみれたカラスには襲われるわで散々だったよ。キミが来てくれなかったらどうなっていたかわからない。ボクのお仕えしている女神──月姫命が、お礼に祓いの力『神力』を与えた。これは宝クジに当たるよりもはるかに確率の低い、めったにないことだよ」
「し、しんりき?」
「月姫様の神力は、ボクの命の一部でもある。キミに降りかかる厄や災いを祓ってくれるよ。月姫様が、キミの『不幸な自分を変えたい』という願いをきいてくれたんだ。しばらくの間この力で身を守りなさいって」
──白昼夢、ここに極まれり。
現実逃避もここまで来ると、己に都合のいい幻想まで見え始めるらしい。
そう思いながらつづらの怪しげな話を聞いていた時、どこからともなく祭り囃子の笛の音が流れてきた。思わずあたりを見回すと、五色の旗が揺れる鳥居の向こう側に、『御神燈』と書かれた蜜色の提灯がずらりと並び、屋台で賑わう参道を何人もの参拝者が歩いて行くのが見えた。
「この神社はもう廃社されたはずなのに」
「常世と現世が繋がったからね。ボクは帰るけど、キミが幸せになれるよういつも祈ってるよ」
「待って。俺も行く」
つづらに続いて鳥居をくぐろうとした時、つづらが制止した。
「キミは来ちゃダメだよ。あちらの世界の住人じゃないから」
表紙 イラスト/ひら様




