#8 歌詠み国守の見た景色
「夏輝くん、あれを見て」
美月さんの指さした先を見ると、社の裏手に見渡すかぎりの絶景が広がっていた。
穏やかな春の陽の光を浴びて、鳳凰市の街並みがきらきらと光る。城を中心として濠や街が築かれ、その周囲を取り巻く水田が鏡のようだ。その奥には煌めく碧い川が大きな蛇のようにゆったりとうねりながら流れている。
「すごい。こんなに綺麗な景色、見たことがないよ。千年前から変わらないこの景色が、この後もずっと続いていくと思うと感動する」
俺が見とれていると、冠桜皇子が言った。
「残念だが、この景色は百年後に見られなくなる。今後の百年で山の植生ががらりと変わり、周囲の名もなき木の方が高く伸びて、山桜を覆いつくしてしまう。日の光を浴びられなければ、我々は衰え消えるしかない」
「そんな」
周囲を見渡すと、華やかに咲き誇る桜の隙間に、まだ葉芽を固く閉じたままの名も知らぬ樹々がしっかりと根を下ろし眠っていた。この樹々がいずれ成長し、自分達よりも勢いを増していくことは、冠桜皇子達にとって大きな脅威に違いなかった。
少し寂しそうに笑う冠桜皇子が、赤い水干の片袖を翻し、舞うように金色の扇を振りかざす。
「さて時間だ。お前達のお陰で楽しかったぞ。また会おう」
冠桜皇子が桜吹雪に変わり、風に吹かれ舞いながら山の下へと飛んで行く。
「消えた……」
「献花祭が終わったので、冠桜皇子様は山の神から田の神になられたんだよ。稲刈りが終わったらまた山の神に戻るんだ。神様は、姿を変えて自然の中を循環されるんだよ」
裕司さんが眩しそうに瞳を細めた。冠桜皇子の去った後には、一振りの見事な花の枝が残っていた。俺は拾い上げて、根元をハンカチで包んだ。つづらが聞いた。
「ナツキ。その枝を持って帰るつもりかい?」
「確か、木って挿し木で増やせるものもあるんじゃなかったっけ。ご神木はここから動かせなくても、枝だけ別の場所に動かせないかなと思って。百年経っても、冠桜皇子が別の場所で生き続けられるように」
美月さんが「名案!」と手をぽんと打ち、巴も感心した様子でうなずいた。
「とは言ったものの、どこに植えたものか」
困っていると、裕司さんが穏やかに微笑んだ。
「それならば、桜町神社の境内が空いていますよ」
⛩⛩⛩
三十分後、俺達は小桜山の山頂からふもとまでの長い石段を、重い荷物を背負って往復していた。
「っていうかぁ裕司さん! あと何回往復しなきゃなんないんですか?」
「神饌に祭具、ブルーシートもろもろで、あと二往復くらいだね」
「修行……?」
背中に荷物を背負い、山を颯爽と下りていく裕司さんに対して、既に俺達は息切れ状態だった。ふと思いついて、俺は美月さんへ手を片方差し出した。美月さんが一人でこなそうとしていたあの大量の雑用を思い出した。
「荷物半分貸してよ」
「いいの? ……でも重いよ」
「学校から帰ってから、社務に家事に大変でしょ? これからは俺が半分もらうから」
「夏輝くん……優しい」
「今日は巴もいるから負担は三分の一だな」
「巴くんありがとう!」
「だから僕を巻き込むなって言ってるだろう!」
ふと前方を見ると、俺達の会話を耳にした裕司さんが肩を震わせて笑っていた。息を弾ませながら石段を降りていた時、横に並んだ巴が小さな声で言った。
「……さっきはありがとうな。助けてくれて」
巴の手首で縁結びの鈴が、りんと鳴った。驚いて隣を見ると顔をそむけてしまったが、俺の心の中をあたたかな春の風が吹き抜けていった。
両腕に抱えた手桶の中でみずみずしく咲き誇る冠桜皇子の桜の枝を眺めつつ思う。
──山桜死ぬることをば許さなむ 君に一目会はまほしかりき。
たとえ自分の命が先に尽きてしまったとしても、歌部真葛の友への想いは、これからも生き続けていくと。
⛩️常世現世裏話⛩️
【神力について】
女神・月姫命は神力でつづらの存在を維持し、夏輝にはつづらを媒介として、美月には直接神力を流している。
神力の絶対量が増える条件は月姫神社への人々の信仰が篤くなることだが、日彦命が常世へ渡ってからは信仰が半分に衰えてしまった。
顕現すると神力を使うので、月姫命は美月の中に入ることで神力の消費をセーブしている。
夏輝や美月がバトルで神力を消耗しても、キャパシティオーバーにならない限りは休養している間に(宿禰や氏子達が月姫命に祈るため)回復する。
また、神力を使いこなす技量が上がることで、多くの神力を使えるようになる。イメージは筋トレに近い。
夏輝がこの現象を「レベルアップ」と命名した瞬間、巴から「ニュアンスが軽すぎる」とめちゃくちゃ叱られた。
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【ご報告】おかげさまで小説家になろう日間ローファンタジー42位にランクインしました!
たくさんの人が元気になれる小説を書きたいと思っていますので、よろしければページ下にある⭐︎評価とブックマークをお願いします!(2026.6.10)




