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#4 月姫神社の台所

「……ち、違う……!」


 しかし、いかにも気の強そうな般若と妄想全開の村椿を目の前に、出た言葉はそれだけだった。精一杯の意思表示に、般若が意味ありげな表情で笑う。


「うわぁ顔真っ赤。確定じゃん。大人しそうな顔してやるわね転校生くん」


 頬に手を当てると熱でも出たかと思うほど暑いのが悔しい。


「くそ……不幸!」


 ますます事態が悪化してしまった。俺は弁解することを諦め、場を立ち去るタイミングを見計らい始めた。


「話変わるけどさぁ、美月は明日もお祭りで学校休むんじゃん? アタシもなってみたいわぁ、巫女神」

「本当? あかりちゃん、代わってくれる?」

「あかりは気軽にそう言うけど、美月ちゃんは自由がなくて大変なんだからねー? あ、瀬戸くんも明日学校休むの?」


 水を向けた村椿に「あ……うん」とうなずいた時、俺の隣の席の男子──卜部巴うらべともえが不機嫌そうに言い放った。


「おい転校生。うるさいから、ちょっと静かにしてくれないか?」


 肩まで伸びたカラスの濡れ羽色の真っ直ぐな黒髪に端正な顔立ち、色白の肌には聡明さが宿っているが、彼の瞳の奥には静かな怒りの炎が燃えていた。

 怒りの矛先が向けられたのは女子三人ではなくなぜか俺だけだった。


「いや俺まったく喋ってないんだけど。男女差別反対!」

「君のせいでうるさいのが集まってくるんだろう?」

「ちょっと卜部! 失礼じゃん」


「般若さん達がさっきからあることないこと言うから俺と卜部に迷惑がかかってんだろ……」

「何よ転校生! アンタが美月に言い寄ってたのは事実でしょうが!」


 俺と卜部と般若の三人が睨み合っていると、美月さんが間に入った。


「みんながこうして同じクラスになったのもご縁なんだし、仲良くしようよ。巴くん、良かったら明日の献花祭(けんかさい)に来ない? 男手が足りないのと久しぶりに同じクラスになったし、また昔みたいに……」

「行けるわけないでしょ。僕は忙しいんだよ? それに今サラッと男手が足りないとか言わなかった?」


 巴が苛ついた様子で声を荒げ、美月さんが「えーとぉ……」と視線を泳がせた。どうやら二人は旧知の仲らしい。


「でも、巴くんと小桜山でお花見をしたいのは本当だもん」


 言葉を継ごうとする美月さんをよそに巴の姿が消え、後には一枚の紙で作った人形(ひとがた)が宙を舞った。俺達を遠巻きに見ていたクラスメート達からどよめきの声が上がる。


「な、何? 今の手品?」

「巴くんの家は(おが)()で、今席に座っていたあれは陰陽術による式神なの」


 生まれて初めて陰陽師を見た興奮で、俺は先ほどの怒りをすっかり忘れてしまった。


「──あれ、あいつさりげなく早退しやがった?」


 俺は一風変わった卜部巴に心惹かれた。クールな性格に、マイペースな立ち居振る舞いと洗練された陰陽術。どんな奴か知りたいし、話してみたいと思った。


⛩⛩⛩


 学校から帰ってきた俺は、月姫神社の台所で巫女装束姿の美月さんと向かい合っていた。


「一つ質問しても?」

「何なりと!」


「この家の食料って酒とつまみとあんこ菓子しかないの?」

「えーとぉ……」


 美月さんが沈黙し、ダイニングテーブルに乗っかったつづらが能天気な調子で「玉子もあるよ」と発言した。


「いや。そういう意味じゃなくて食生活はどうなってるの」


 春祭りの間は氏子がしょっちゅう手伝いに来てくれていたし、仕出し屋の弁当を食べていたので知らなかったが、祭りが終わると宿禰さんは酒を片手に肴をつつき、つづらは玉子を丸呑みしつつ御神酒で流し込み、美月さんは大量のぼた餅を菓子箱から次々に取り出しては頬張っていた。


「夏輝くんの口に合わないなら、また仕出し屋さんを頼もうかな」

「家計が赤字だってさっき俺に言ってたよね? ここは自炊すべきだと思うんだけど」

「でも私……料理は苦手で……!」


 ばつが悪そうに美月さんが目をそらした。俺は、包帯を巻いてくれた美月さんの不器用な手つきを思い出した。神事に関わることは天才的なのに、細かい作業はてんでダメらしい。


「それに、毎朝の神様の食事──神饌しんせんの中に米と野菜と魚が大量にあったと思うんだけど。あれらは一体どこへ消えたの?」

「月姫様が全部平らげました……」


「月姫様イコール美月さんでしょ? あれ物凄い量だよね? それに魚が生だったけど」

「食べる前に神力で加熱してるもん」


「神力の使い道ってそれでいいのか? まぁいいや。みんなの健康も心配だし、食事は今日から俺が作るよ」

「常世の料理が食べられるなんて嬉しい! きっと豪華絢爛酒池肉林の美食三昧!」


 美月さんが、期待を込めた眼差しで俺を見つめた。


「常世では美食よりも栄養が取れることと時間短縮が優先だ。食事はサプリメントの錠剤にカロリーバーに栄養ゼリー、レトルトや冷凍が多い。味気がないものが多いよ」

「ああ……意外とあっさり……」


 彼女の瞳に失望の色が見えた。


 俺の住んでいた常世では、食糧危機の影響で食卓にのぼるのはほとんどが人工肉だ。小さい頃に水縹の海を泳いでいた魚も気候候動でほぼ北上してしまった。おまけに、海洋はプラスチックで汚染され、魚介類をもう何年も食べていない。


 技術の発達により、教育、医療、司法といった分野ではAIやロボットが活躍しているし、細胞不死化の研究が進み平均寿命もかなり延びている。資源枯渇が進み国同士の緊張が高まる一方で、一番不足が危ぶまれている資源は『水』だ。そのせいで、第三次世界大戦の勃発も近いなどと言われているが。そして常世は国家による管理社会。国民はすべて番号で管理され、窮屈に暮らしている。富は再配分されず、貧富の格差は開く一方だ。


 いつか常世を見せてあげると安請け合いしてしまったが、彼女の常世への憧れを壊すのは悪い気がして真実を伝えるのは伏せた。


「うちも両親が共働きで忙しいから。でも俺、料理ができないことはないし」

「楽しみ! 私、社務所に詰めてくるね」


 緋袴をひるがえし、鼻歌を歌いながら去っていく美月さんを俺とつづらは見送った。


「どうしよう。行ってしまった」

「あまり期待させないほうが良かったんじゃない?」


 つづらの言葉にため息をつくと、俺は腕まくりをしてエプロンを着けた。



⛩️常世現世裏話⛩️【美月の秘密】


大食い大会で殿堂入りを果たした挙句、さらにおかわりを要求し主催者に痛恨のダメージを与え、出入り禁止になった過去がある。


恥ずかしいので夏輝や巴には内緒にしているつもりだがうっすらバレている。

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